DD51が国鉄線上に登場したのは1962年~で、今から半世紀以上も前のことになる、
当時の国鉄では動力近代化を推進、煤煙やエネルギー効率の悪い蒸気機関車を廃止し、
電化の推進により動力に電気を用いた電気機関車や、電車列車を推進するとともに、
非電化区間に関しては燃料を用いたディーゼル機関車や、ディーゼルカーを投入した。
蒸気機関車に代わるディーゼル機関車の開発、国産化がすすめられてDD51形が誕生、
D51型の蒸気機関車よりは非力ながら、各方面で蒸気機関車を駆逐し活躍範囲を広げた。
時は流れて電化と強力なDL(DF200)の登場で、徐々に活動範囲が狭められてきた、
津々浦々で活躍していたDD51ではあるが、昨年JR貨物の定期列車の運用がなくなり、
臨時列車や工事列車用に運用が残るものの、JR東日本と西日本に数台が残る状態になる。
SL廃止に追いやった当時の憎まれ者が、今は大人気でSL並みに追い回されている状態、
代替えのDLにめぼしい物が無い状態なので、JR西日本ではまだまだ運用されそうだが、
工臨の運転回数も少なく貴重な存在になった、「撮り鉄」の餌食にされないか心配だ。
👇和歌山線で運転されたDD51後後補機付きの回送列車 船戸~岩出 1989.7
 19890700_0019 船戸~岩出
👇打田~紀伊長田
 19890700_0020 打田~紀伊長田
👇西笠田~笠田
 19890700_0023 西笠田~妙寺
当時はDD51の全盛時代?であり、撮影地はガラガラ状態で出会う撮影者は知人ばかり、
今ならこの撮影地は下のような人の波ができるでしょうね。
 DCIM0006