九州のDF50が危ない? 日豊線の宮崎~西鹿児島間電化が間近に迫った、
昭和54年9月の電化を控え6月に訪れた、電化を3月前ながらも静かな状態、
鉄道フアンの影さえ見えず、各撮影地でもゆっくり撮影することができた。
アクシデントは・・・・宿泊予定の宿が雨漏れで臨時休業(それでも宿泊できた)
最終日に鹿児島交通を訪れたのだが、集中豪雨により鹿児島本線は寸断されて、
日豊本線周りに変更したが、こちらも豪雨で霧島神宮駅で5時間足止めなど有り、
なんとか宮崎発の時間遅れの「彗星」で、九州を離れ帰宅すること事となった・・・・・

一日目は寝台特急「彗星」で都城へ、折り返し青井岳駅と付近の鉄橋で撮影した。
青井岳を通過する新大阪行き寝台特急「彗星」、新型の24系25型が使われていた、牽引機のDF50は500番台、エンジンはドイツ・マン社製、ズルザーより強力型。
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青井岳橋梁をゆく寝台特急「富士」、当時は最長距離を走る寝台特急だった。
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ローカル客車を牽引するDF50、客車列車が相当数残っているのが嬉しかった。
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撮影を終えて今夜の宿「青井岳荘」に行くと、臨時休館の看板が有りしまっていた、
旅行開始後で連絡が付かず、休業中にも関わらず宿泊できた・・・すべて独り占め、
泊まった部屋からは日豊本線が目の前に見え、DF50のエンジン音を楽しめた。