30日早朝の雷雨、明けの勤務が雷雨による運転休止等で解放されたのが16:30、
2:10~16:30まで連続勤務でへとへとでした・・・・・・・

四国のDF50のも陰りが見始めて、1981年には500番台の全廃と旅客運用離脱、
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1983年3月は貨物の定期運用の修了、臨時列車以外に姿は見ることが無くなった。

1983年8月にさよなら運転を兼ねた、臨時列車の運転計画があり撮影に行った。
琴平~塩入間、讃岐富士をバックに撮影、「土佐路」号、DF501+DF5065+旧客。
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大歩危構内で昼寝中を撮影、この当時は駅構内。側線での撮影が許可された。
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午後の撮影場所はF50撮影で初めて四国で訪れた、箸蔵~佃間の吉野川橋梁、
カメラを設置した頃から大気の状態が不安定になり、滝のような雷雨となった・・・・
農家の作業小屋に緊急避難させてもらう、付近に落雷があり小屋から出られない、
列車の通過時刻が迫るが雨は止まない、仕方なく小屋の中から望遠で撮影した、
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このような天気になるなら箸蔵駅構内のほうがよかったと思ったが後の祭り・・・・・
この後9月に「さよならDF50土佐路」を最後に、四国のDF50はDE10に置き換えられ、
国鉄線上からDF50は全廃、DF501は準鉄道記念物として四国で保存されている。