高校生時の通学経路は、野上電鉄(のてつ)で海南へそこから自転車通学で和工、
通学時間帯に撮影できるDF50列車が2本、寄り道をして撮影することも多かった、
時短者通学経路を変更して、黒江~紀三井寺間で2階建ての貨物列車を狙う。
紀勢線を初島まで運転の貨物、本州化学用の専用貨物がつながりプッシュブル、
海南で専用線の貨物は切離し、和歌山方面へ単独運転に入り専用線すぎで停車、
バックで専用線に侵入し停車、本州化学の貨物扱いを行つた後に和歌山操駅へ、
どのような運転取り扱い方法か疑問は残りますが、確かに運転されていました・・・・
私が見た当時はDF50とDD13のプッシュブル、時々DF50が変わることもありました、
定期列車とはいえ貨物がない時は、専用貨物線の列車は運転休止していました。

DF50牽引の5372列車、後部に専用線への海南折り返し381列車がくっついている
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後部の381列車となるDD13、ヨしか無いことから今日は受け取り貨物だけのようだ
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381列車として単独運転の紀三井寺~宮前間、化学薬品貨物の取り扱いが多い
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下り線からしか入れない専用線の為に、どのような方式で取り扱われていたのか?
どなたかご存知の方が居ましたら、この疑問に回答お願いいたします。