2017年04月

湯浅の石 クリーニング

今日58歳を迎えた・・・・
化石採集と行きたいところだが所要で残念・・・・、湯浅の石をクリーニングした、
ここの石の特性は風化が早いこと、2週間位屋外に放置すれな表面からボロボロ、
あっという間に化石を含む母岩まで風化する、早い目の固着・保護が必要になる、
雨の日の翌日の化石採集だったので、陰干しを行いクリーニングを始めたが・・・・・
思いのほか石が柔らかくなり、化石本体もクリーニング中の衝撃で壊れてしまう。

クリーニング中の化石、ある程度不要な石を落とす為に瞬間接着剤は必需品だ!
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一応一番の大物4分の1しかないが2巻目もある、名前不詳の平巻きアンモナイト。
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クリオセラタイテス、先行者がほったらかしたもの、先端部分が失われている・・・
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この産地に多いツルンとしたバレミテス、厚さ0.5mmすぐ壊れるのでまず固着。
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プラパジウムのような二枚貝、一見すると帆立貝のような形状をしている。
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この産地に通うのはコイツが目的、ベレムナイト完全体に近いものが欲しいため、
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そもそも某大学の先生に、研究のためにお貸しした標本が戻ってこないためだ、
以前はよく見つかったのだが壁を壊せないので、採取は転石からになり貴重品。

鉄道 さよならDF50

紀勢本線無煙化の立役者、DF50にも最期の時が訪れた。
53.10に向けて、381系・113系・EF58・EF15の入線試験と練習運転が始まった。

DF50の前にEF58を連結した牽引試験列車、郵便車代用のスロ81を連結。
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貨物列車でELの練習運転、EF15+DF50に後補機にDF50(途中分割貨物列車)。
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和歌山機関区にてDF50のB運用が消滅、ダイヤ改正数日前にお別れ式を開催、
特製のヘッドマークと飾り付けを行った、最後の出区はDF50 4だったと思う・・・・
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53.10.3ダイヤ改正で紀勢本線(紀勢西線・和歌山~新宮)は電化された・・・・・、
しかし・・・・紀勢西線を追われたDF50は、新宮(一部・紀伊勝浦)~亀山間で運用、
DD51型への置き換えまで、紀勢東線での活躍が続いた。

鉄道 DF50 紀勢西線電化前

昭和53年10月の紀勢本線(和歌山~新宮)電化前、DF50が主力で走っていた。
ディーゼルエンジンで発電、モーターで走行する電気式ディーゼル機関車?、
箱型のボデイにエンジンはスイスのズルッアー社製、船舶エンジンを改良した物。
焼玉エンジンの複列化したような音だ、独特のズンズンズンという音が心地よい、
蒸気機関車淘汰のために投入されたが、エンジン出力に見合う性能が得られず、
大出力のマン社製エンジンを積んだ車両もあり、亜幹線での使用に留まっている、
無煙化に寄与したが今は電化に追われて、九州・四国・山陰の一部に残っている。

加茂郷~冷水浦間の旅客列車  機関車回送のためDF50重連となっている。
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冷水浦駅構内を駆け抜ける 加茂郷始発(和歌山操車場行)の石油専用貨物。
イメージ 2加茂郷~冷水浦間 石油専用貨物(和歌操行)、貨車は少ないが定数いっぱい。
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加茂郷~下津間 貨物列車(新宮行き)、貨物扱いの駅が多く足は遅い。
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紀三井寺~黒江間 貨物列車(紀伊田辺行)
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和山操車場~初島間は、石油製品の専用貨物列車が多数運転され賑わっていた。







旅立ち

娘の旅立ち・・・・京都の大学に通うために娘が家を旅立った
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我が家からたった150km、娘にとって何から何まで一人でしなければいけない、
卒業後もそのまま京都での就職を希望している、寂しくもあるが一応子育て終了
あとは大学で多くの方と関わり勉強し、習得したことを活かしてください・・・・・


送り出して一段落した12日、今日は大潮ということでちょっと海へ行ってきました、
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今年はどうでしょう?、昨年の乱獲がたたって絶滅の状態ではないか心配です・・・
例年並みに居るのですがサイズが問題、ここ数年でわかるほどのサイズダウン
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上の写真は2015年の4月に1時間で採集したやつです、サイズが揃っていますね!
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上の写真は今年・・今日2時間で採集したもの、サイズが小さくなり数が少ない。

結論・・・・乱獲により個体数が減少するとともに矮小化している・・・・・・・絶滅?




鉄道 DD54

54という番号は悲運が付きまとうようだ
C54蒸気機関車は亜幹線への投入を目的に製造され、新機軸が取り込まれたが、
これが災いして故障や不具合が多発、17量の製造で打ち切られている。
ED54方はスイスからの輸入機で、大出力で高性能だが、国鉄技術陣で対応できず、特殊機構のブフリ敷駆動装置は、分解したら元に戻せなかったとも言う笑い話も。
EF54はEF52の高速型で製造されて、後に貨物機用にギア比を変更してEF14となる。
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写真のDD54は、の技術と三菱重工の噛み合わない企画・技術により製造された、
一時期は亜幹線の主力と言われたが、重大な故障(推進軸折)で第一線を離脱、
欠陥機関車の烙印を押され、ローカル線で細々と使用され播但線が最後の活躍、
個人的には先進的なスタイルとドイツ的でかっこよく、私の好きな機関車の一台、
最後の活躍をカメラに収めようと播但線に出向いたが、朝夕しか走らないダイヤで、
駅ネで2日間DD54を追いかけた、もう少し早く撮影に行っていればと悔やまれた。
プロフィール

c58224

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