2018年01月

紀州鉱山遺構 惣房

足早に紀州l鉱山の上川を回った後、惣房地区へも足を延ばした。
惣房には戦前の紀州鉱山の中核をなす、三和鉱山があり採鉱と選鉱場があった、
道路から降りると大きなコンクリート製の坑口が有り、奥には6号隧道が見える、
イメージ 1
6号隧道は閉鎖されておらず風が抜けていた、右側のトンネルは8号隧道入口、
イメージ 2
トンネル出口に対岸に渡る橋(鉄道併用橋)が在ったのだが、いまは残っておらず、
イメージ 3
排水処理の導管が渡っていた、対岸に渡る下流側の橋も通行止となり渡れない、
イメージ 4
今に残る鉱山住宅、惣房地区は板谷選鉱場稼働で鉱石列車の運行は中止された。
イメージ 5
通勤用の人車列車の運行のみになり、閉山当時は閑散としていたようである、
対岸に残るであろう遺構や、旧三和鉱山の遺構も確認することができなかった。

この惣房地区の対岸には、三和鉱山稼働時の遺構がたくさん残っているらしい、
鉱石の露店掘りの跡や坑口やホッパー、立坑楼本体も残っているとのことなので、
今度またゆっくり探索に訪問しようと検討中だ。

紀州鉱山 上川 ②

紀州鉱山・上川地区の遺構巡り、最奥まで行きつき折り返し・・・・・・
巻き上げ機か変電設備だろうか、しっかりとしたセメントの土台と取り付けボルト、
イメージ 1
ここで対岸に渡る鉄橋を発見した、土台はもろく今にも崩壊しそうなために上流へ、
イメージ 2
渡河地点からレールがひかれていて、橋梁部分のポイントで合流していました、
イメージ 3
レールの残るトンネル区間、文字岩への散策路となっていて通行可能です。
イメージ 4
トンネルを抜けると元蓄電池充電場所から、長大なズリ捨て場への道(広場)です、
イメージ 5
楊枝川の本流と合流する地点まで続きます、付近のズリ場は鉱物採集の適地。
イメージ 6

イメージ 7
簡単に紹介しましたが、実はまだまだすごい物が潜んでいるみたいですね・・・・・
このあとズリ捨て場で鉱物採集しました。

紀州鉱山 上川 ①

水車谷で古い鉱山跡を満喫した後は、紀州鉱山・上川地区の遺構を訪問・・・・・
入口は立ち入り禁止の札もないので、そのまま侵入する両側はズリ捨て場跡。

この一帯は私有地と思われます、今も鉱山から出る廃水の処理が行われています。文字岩までの
通路に関しては、史跡であり通行等には問題はないと思われますが、一部危険な個所も存在します。最近立ち入り禁止看板と鎖錠された坑道内部への進入が疑われる写真が、時々ブログ等に見受けられます、事故があれば管理者または地主の責任も問われます、これからも今のままで立ち入ることができるように、すべての行動には自己責任にてお願いいたします。
イメージ 1
広大な構内の左側に坑口が点在して、右側には鉱山施設の土台や残骸が続く、
イメージ 2
最初の坑口が見えるが閉鎖されている、切通しを進むと火薬庫の跡に出た。
イメージ 3

イメージ 4
上川坑口(11号坑道に続く)上川立抗に続く、入口には文字岩が保存されている。
イメージ 5

イメージ 6
立坑入口付近の坑口は内部ですべて繋がり、内部に風が吸い込まれている。
イメージ 7
この上部に立坑の遺構があるはずであるが、木々がはえ込んで確認できない、
イメージ 8
付近の足元を見ると枕木が残る、ここは構内で当時は何本も線路がひかれていた。
イメージ 10
鉱山事務所の遺構と鉄製階段、横を通り奥へ進むと11号坑道の本入り口がある、
イメージ 9
この部分は創業当時は電化されていた部分、左横には別の坑口も空いている。
イメージ 11
この付近の坑口はすべ管理されているので、閉鎖・鎖錠されているので入れない。
イメージ 12
このトンネル右側には変電所などの遺構もあり、ここから折り返し右側へ続く・・・・・

水車谷銅鉱山遺跡 ②

水車谷銅鉱山遺跡での採集鉱物・・・・とはいっても水車谷一帯は保存地区なので、
水車谷入り口から少し入った地点の、土砂が堆積している部分で採集してみました、
付近にはズリと思われる石やカラミも多く、上流から流されてきたものと思われます。
写真下 輝水鉛鉱?(方鉛鉱) 赤く変色した石に割合多くみられます。
イメージ 1
黄銅鉱 同じく輝水鉛鉱と共産することもあります、良品は少なく含有量は少ない。
イメージ 2

イメージ 7
黄銅鉱なのですが一部の青い(黒い)部分は班銅鉱に変化しているみたいです。
イメージ 3
方解石 精錬で使われたのか、表面に黄銅鉱や輝水鉛鉱が附着しています。
イメージ 4
水晶 いたるところに小さい物が見られます、無色透明の物は少ないですね。
イメージ 5
カラミ いたるところに転がっています、下流の楊枝川にも多く見つかります。
イメージ 6
水車谷でワンかけして採集した砂です、砂鉄らしきものが見られます・・金未確認。
イメージ 8
古い時代の銅鉱山でズリがないので、期待しませんでしたが結構残っていますね。




水車谷銅鉱山遺跡

三重県紀和町の楊枝川沿いに残る、水車谷銅鉱山遺跡を訪れました・・・
イメージ 9
案内看板から石の階段が残る山道を15分、谷深い山の斜面に石垣が現れます。
奈良時代よりこの地に金銀銅が見いだされ、江戸時代に最も栄えたのだとか、
イメージ 1
入り口からたどると墓石群や役所跡、当時この地にあった円通寺の手水鉢が残り、
イメージ 2
六地蔵尊からの墓石群へ、佐渡・生野からの鉱山技術者の墓碑名もあるとか?
イメージ 3
番所跡の山腹には3か所の坑口が見える、狸掘りと思われるが奥は見えない。
イメージ 4
途中にも数多くの坑口も見られる、鉱石粉砕に使われた臼鉢が残っていた、
イメージ 5
上部の精錬用焼窯(熊野床型)が2か所復元され、構造を見学することができる。
イメージ 6
上部の精錬用窯跡に至る木橋、石垣の上と下部の岩はすべてカラミでできている、
イメージ 7
広場には墓石群が残る、子供女性名の墓もあることから村を形成していたようだ、
イメージ 8
当時はこの狭い谷に多くの施設や住居が並び、さぞ壮観であったと想像できる。
水車谷の鉱山遺構はよく整備されてはいる、ただ山中という事もあり近寄りがたい、
山道や途中不明なところもあり注意が必要、付近には近代の紀州鉱山遺構もあり、
貴重な鉱山遺跡としてこれからも、保存・整備・公開に力を入れてほしいもである。
※和歌山県・那智山の尻剣谷の鉱山遺跡もこの水車谷に勝るとも劣らない場所、
  尻剣谷遺構の破壊が進む前に、保存研究・公開が望まれる所である。

この後紀州鉱山・上川坑口の文字岩も見学、こちらは不親切・危険な案内板で、
イメージ 10
(上川坑口の真横にあるのだが、表面が汚れて判読できない状態)
イメージ 11
また途中で道が不明瞭で迷う恐れあり、途中の案内板の整備が望まれる。


プロフィール

c58224

ギャラリー
  • 沼谷訪問
  • 沼谷訪問
  • 沼谷訪問
  • 沼谷訪問
  • 沼谷訪問
  • SG-1 操作ハンドル
  • SG-1 操作ハンドル
  • SG-1 操作ハンドル
  • SG-1 操作ハンドル
アーカイブ
最新コメント
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 累計:

読者登録
LINE読者登録QRコード
  • ライブドアブログ