2020年05月

痕跡 No40

コロナウイルスによる緊急事態宣言それに伴い、政府の要請を受けての活動の自粛、
これに伴う近畿地学会の例会の中止などもあり、会員の方々も自己判断で活動自粛など、
このよい季節に動けないジレンマが貯まる中、一筋の風のような青い一冊の会報が届いた!

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近畿地学会会報「痕跡No40」だ、会員の活動の報告の書で資料としても楽しめる・・・・
前回の会報に39・40号分の2回分が誤り掲載されて、今回は慌てて報文を1本仕上げた、
校正もままならぬよりずぼらな性格が災いして、訂正しなければならないところが発生、
発行の足を止めた原因を作ってしまった、他の方に迷惑をかけたことお詫びいたします。
ページをめくると諸氏の活動の記事が目に飛び込む、コロナウイルスの影響はまだ未知数、
そろそろ化石採集と考えているのだが、まだまだ安心できない未知数の不安が残る今日、
今は静かに自粛してストックの化石と付き合い、SNSなどに会の名前が出ないように注意
自宅で化石再採集に努めて自粛継続、もうしばらく頑張りましょう!

播但線のDD54 ②

播但線までの道のりは夜行列車で和田山、前日の列車で入り駅寝で対応した、
一部の列車はDD51型に置き換えが進み、早朝・夕方の客車3本昼の貨物1本、
最末期は客632レ→貨1961レ  客634レ→客633レの4本がDD54で残った、
DD54の列車が少なくなっていたが、途中停車の多い貨物は何度も撮影できた。


F753
   👆鶴井~新野 1691レ  DD5412
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  👆新野駅? 1961レ DD5412
F754
  👆寺前~長谷 1961レ DD5412 
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  👆長谷~生野 1961レ DD5432 
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  👆生野駅 1961レ DD5432  
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  👆生野~新井 1961レ DD5432

貨物列車1961レは昼間に撮影できる唯一の列車で、生野に2時間近く停車する、
後続列車で先回りして撮影することができた、生野停車中に運転室に乗せてもらう、
EPSON920
高い運転台と良好な視界が印象的、生野の待避線(貨物扱い所)は駅から離れ、
元の生野鉱山積み込み所跡にあり、駅まで推進で戻るとき乗せてもらった・・・、
大エンジンの轟音と過給機音が大きく、乗り心地はDF50のほうが良かった。





誤記・・・鉄道部品の楽しみ

緊急事態宣言が解除されましたが、不要不急を避けお家で採集・・・・


今は見かけなくなった行先表示板(サボ)、昔の客車には行先表示番が付いていた、
 F171
簡単な〇〇行や目的地までの経由、列車の名前を記入したものまで多種多様だった、
スチールに琺瑯引きの物や鉄板に塗装されたもの、後年にはプラスチックなども・・・・
鉄道部品で人気の行先板は、琺瑯びきのブルーの板で筆文字や経由が入ったもの、

下の2枚はその条件を満たしているものですが、よく見てください間違い探しです・・・・?
 無題4

 無題
実は上の板の経由の部分おかしくありませんか?、裏表を2枚に表示しています、
本来なら桜井線経由でVIA SAKURAI LINEとなる所が、LINS・・ラインの複数形? 
  無題3
英文字表記でLINS=リンスになっています、明らかに誤っています・・・・・
この文字間違い板は京都のデパートで購入、下の1枚は愛称板との交換品です、
どちらが貴重かと言えば下の板、筆文で桜井の櫻が旧文字ひっかけ耳が大型、
当時は全く気が付きませんでした、ある鉄道マニアの方のご指摘で気が付き、
よくよく確認したら誤りに気が付きました、こうゆう風な楽しみ方もあるのですね。

播但線のDD54 ①

鉄道写真のスキャンもほぼ終了、不定期で「撮り鉄」趣味の写真の紹介です・・・

1966年に産声を上げたDD54は、ドイツのエンジンと日本製の変速器を使い、
亜幹線区間のエースとなるはずであったが、高性能のマインバッハの機関に対して、
変速機や推進軸の性能が追い付かず、またライセンスのエンジンに対する対応不足、
その他もろもろの故障や整備問題等が発生し、早々にDD51型にとってかわられた・・
私が最初にDD54を見たのは大阪駅、福知山線の列車を引き颯爽と入線してきた時、
2回目は山陰本線嵯峨駅の普通列車、エンジンの音が大きくて過給機の音が高かった。

1978年6月のDD51への置き換えを前に、播但線に最後のDD54の撮影に2回訪れた、
和田山へは京都発の「山陰」を利用、和田山機関区の撮影後に始発まで待つこととなった、

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当時の和田山はプラスチックのイスで、駅留置の1番列車の車内で仮眠させてもらえた。
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朝一番のDD54牽引の632列車で生野へ移動、生野から峠を越えて新井方面へ移動、
C573重連で有名になった生野の大築堤へ、後続の634列車を山側から狙いました。

鳥屋城層の巨大ノジュール

緊急事態宣言が解除されましたが、不要不急を避けお家で採集・・・・


鳥屋城山北面の沢筋の化石産地は、カンパニアンからマストリヒシアンまでの時代、
産地には大型の石灰質ノジュールが見られる、亀甲石となったものも多く見れる、
何がしかの生物を核として生成されたものもあり、化石が含まれていることも多い、
有名なのはデディモセラスなのだが、こちらは小型のノジュールがおすすめだ。

H363
鳥屋城山3ツ池の沢を詰めると中ほどに、巨大ノジュール(団塊?)の転がる場所が、
無化石のハズレ物も多いのだが、中に化石を抱いているものもあり注意が必要だが、
F559

大きいものは固くハンマーも受け付けない、割れる部分を探しながら大ハンマーで割る、
固くて割れにくくて右往左往しながら、割れるポイントを責め小割してゆくとビンゴ!
YAMA5645
  Inoceramus balticus toyajoanus Nagao & Matsumoto

1時間の石との格闘の上に姿を現したのが、両頂角・殻付きの大型イノセラムス、
鳥屋上城層ではおなじみの2枚貝、殻はあめ色で厚みは約5mm程度となる。

※長時間の格闘で最後には割れ石の山を作るだけのことも多い・・・・無化石
プロフィール

c58224

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