2020年08月

野上電鉄 ①

野上電気鉄道はかって和歌山県に存在した鉄道、1994年(平成6年)4月1日廃止、
野上町(紀美野町)と海南市を結ぶ全長11.4KM、単線電化の赤字ローカル私鉄で、
1973年に一部廃止の申請を出すも、国からの地方鉄道への欠損補助金の交付と、
地元からの補助金を受け取ることにより、廃止撤回を行い以後の運航を続けるも、
運営状況の回復が見られない状況が続き、補助金の廃止に伴い早々と会社解散。
実際の所は会社自体が運営状況改善の努力をせず、補助金を頼りの放漫経営が続き、
自力再建よりも関連会社のの鉄観光バスの保護を優先、体質改善努力を行うことをせず、
湯水のごとく補助金があると勘違いし、膨らんだ借金に押しつぶされたというのが真実。
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地元の鉄道であり無くては成らない交通手段であったが、会社体質の悪化は見通せた、
高校3年間就職してから十数年間利用したが、乗車には事故・故障のリスクを感じていた。
社員第一の風土で旅客は第二というスタンス、安全など二の次でよくここまで事故もなく、
野上谷の唯一の交通手段として走りぬけたことが、七不思議のひとつに入れたいくらいだ。

鉄道フアン的には阪急・阪神の旧型車に南海の台車、寄せ集めの部品の骨董品電車、
付近の四季折々の自然の素晴らしさ、いい加減な安全重視でない運行体質もあったが、
地元という利便性といつでも撮影できるという、安心感と経済性があり被写体としていた、
廃止決定までの間は自由に撮影できた、というより話題にも上らなかったのが正当かな?


四国のDF50 ⑤

こ線橋つながりで・・・・土讃線と予讃線の分岐駅多度津。

両線の列車が乗り入れる多度津駅にも、お立ち台的なこ線橋が駅の中央を南北に走り、
広い多度津駅構内を望むことができる、東側には多度津駅、西側には運転所があり、
夜間でも貨物の入換などが多く駐機もあり、写真撮影にはもってこいの場所であったが、
今は老朽化と駅配線変更などで取り壊され、この場所から駅構内を見ることはできない。
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四国のDF50 ④

紀勢本線(東線)のDF50が終末を迎えた、日豊線のDF50は先に電化により全廃、
唯一残るは四国地区に残る数十両で、500番台と0番台が同居している状況だった、
亀山から検査期限の残る車が四国地区に転配され、最後の活躍の場を与えられた、
多度津工場の前面補強入りのDF50に交じり、亀山からの車が活動を始めていた。
DE10の増備による置き換え計画も進行中だが、まだ少し時間がかかりそうな状態で、
最後のDF50の活躍を記録に残すべく、土讃・予讃線に足を運ぶこととなる・・・・

阿波池田は和歌山から最も近いDF50の撮影地、紀淡海峡を渡り徳島経由で訪れた、
駅の西側に大きなこ線歩道橋があり、ここから駅構内が一望でき良いお立ち台で、
まず手始めにここで貨物列車を撮影後に、各地へ移動というのがパターン化していた。
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朝夕には阿波池田始発のDF50の旅客列車が2本、徳島線のDE10も乗り入れており
こちらも良い条件で写すことができた、置換えの話が出ていたが鉄道フアンの姿はなく、
駅構内や沿線ではゆっくり撮影を楽しむことができた。




鉄道写真スキャン終了

コロナウイルスのおかげで?、鉄道写真のスキャンがほぼ終了しました!
スキャンの状況によればフイルムが劣化して、プリントした物の方が良いという、
情けない結果となってしまいましたが、主だったネガ・ポジ何とかほぼ終了しました。

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  19840126_0021 921M御坊
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  DC81-0012
  19850424_0035 山中渓~紀 381
その過程で小学生の時に撮影したフイルムで、母親が管理していた分が行方不明で、
プリントにも無いという悲惨な状況もあります、関西本線奈良駅構内で撮影したD51、
ほぼ全滅ですプリントも数枚のみ、紀勢線海南駅でのD51の貨物列車も行方不明、
大阪市内を走っていたトロリーバスも見当たりません・・・・残念な状況です。
今になって自分でちゃんと責任を持ち、保管していなかったことが悔やまれます。
本来ずぼらな性格で整理整頓が苦手、O型の性格そのものの自分が情けないです、
しかし何とか残った写真に陽の目を見せ、死(私)蔵とならないように頑張ります。
※旅行や風景写真は鉄道の3倍近くありこちらもボチボチやっつけます。

「はやたま」B寝台鈍行列車の行先板

B寝台車を連結した鈍行(快速)列車は、国鉄当時は数本運転されていた、
山陰・からまつ・ながさきなど、紀勢本線では924レ・921レ南紀・はやたま、
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紀勢本線では最盛期には2両のB寝台を連結、釣り客に人気がある列車だった、
はやたまのサボ(行先表)は愛称版を兼ね、当初は琺瑯後にプラの塗板となった。


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上写真のプラ板は奈良での部品即売会で購入、前夜から徹夜で並ぶもよいものはなく、
郵便車両用の「大航121」の愛称版を購入、購入ルールは2点までで琺瑯品は1枚、
2点目はプラ製品または部品と決められていた、おなじみのプラ製の板がたくさん積まれ、
人気がなく売れ残っていた状態、下のほうに新宮~天王寺の板を見つけて取り出すと、
表面に赤マジックで「はやたま」と落書きがあり、まさかの裏も「はやたま」となっていた、
まぎれもなく寝台車に使われたものである、2枚のサボを接着して1枚の物とした後で、
駅間の⇔部分に列車名を印刷したもの、同じものがもう1点あったが状態が悪く、
裏に落書きがあるがこちらを購入、20番目にして嬉しい品物に当たることができた。
プロフィール

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ギャラリー
  • DEC741試運転
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  • 広川ビーチ~紀伊由良間(上り線横かぶりつき)②
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