2020年09月

四国のDC ①

土讃線の181系特急「南風」は、予讃線「しおかぜ」とともに、1972年3月15日誕生、
この時のダイヤ改正の目玉は、山陽新幹線の新大阪~岡山駅間の開業であった、
この時新製(最後の新製車)された181系をもって、「南風」「しおかぜ」が設定された。
一時期ではあるが高松~多度津間は、上下合わせ最も181系特急が走る区間となり、
数多い普通・急行列車と相まって、まさにディーゼル王国と呼ぶにふさわしい状況。
当時は原色・文字ヘッドサインですっきりとして、好ましい様相と編成美が見られた、
 👇 琴平~讃岐塩入
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 👇箸蔵
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 👇阿波池田
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 👇大歩危~小歩危
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👇新改
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 👇斗賀野
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国鉄末期からJRへ・・・個人的には塗装変更で白塗りお化け状態で幻滅して、
四国に再上陸しての写真撮影には食指が動かず、全車廃止されてしまった。
 

池上永一がキタ~

母との同居やコロナウイルスによるステイホーム、予定していた八重山旅行の中止、
八重山(沖縄)病の再発に至る因子は多く、発病を遅らせるための対応策として・・・
夏場はゴーヤチャンプルーで対処療法、沖縄そばや島ラッキョウの適宜追加投与、
ビギンの唄を聞き中江裕司監督の映画の鑑賞、動画の視聴で症状を抑えてきた・・・
そんな中で一番大切なものを忘れていた、そうだ池上栄一の小説を楽しむこと?。
ちょっとチェックを忘れていたら、新作の小説が2作品も発売されていました、YAMA5831
熱帯雨林で即購入して到着しました、「海神の島」「ヒストリア」の2作品到着、
池上氏の作品は沖縄と海そして登場人物が楽しみ、そして話のテンポの速さ、
スケールの大きな話になりそうです、まずは海神の島から読み始めましょう。

音源

巣ごもり(STAY HOME)中に、鉄道関係の収集品の整理も行うことができた、
鉄道を中心に取り貯めた音源が、コンパクトカセットテープ約120本も見つかる。
YAMA5822
写真→録音→VTRと進化してきた遺産、「さよならSL南紀号」あたりからの物、
音源の進化は、リスニング用カセットデッキ→カセットデンスケ→ウオークマンプロ。
YAMA5818
いずれも旅行時にカメラと一緒に持ち出して、写真と合わせて録音をしてきた。
VTRが普及してからは戸棚で休眠、ウオークマンプロは友人に譲って今はない、
音源テープを家の3台あるカセットデッキに挿入したが、いずれも再生できなかった、
整備不良等で正常な動作ができず、宝の持ち腐れ状態で修理も考えたが破棄。

特殊な装置のついていない安価な、汎用のカセットデッキを新たに購入して聞く、。
YAMA5819
寝台特急「安芸」の車内の案内、急行「利尻」の早朝の抜海過ぎの利尻富士の案内、
荷坂峠を上るDF50のだんだん重くなる排気音、新改駅でのDF50スイッチバック運転、
復活C571山口号の登り勾配のブラスト、当時の写真では表現できない世界が広まる。
写真のようにすぐ見て鑑賞できないが、写真と合わせ聞くと当時の世界がよみがえる。

四国のDE10

四国にDF50を追いかけていた当時、DF50に交じりDE10牽引の列車も多く走り、
DE10は四国全土を席巻していた、土讃・予讃線の一部でDF50が使われていた、
DE10のナンバー1も松山にあり、この状態だと説明するほうが正確であろう、
末期には客車列車のDE10への置換が始まり、四国の顔となりつつあった。
  👇多ノ郷 土讃線を窪川まで通す貨物列車はDE10の重連であった。
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  👇国分 
F504
  👇多度津 予讃線貨物列車 本務はDF50 後補機?よりぶら下がり。
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 👇海岸寺
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 👇琴平~塩入
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 👇 新改 DE10客車列車の行き違い
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DF50がDE10に置き換えられた後も、斗賀野~多ノ郷の石灰岩輸送は続いていた、
機関車が変わっただけで客車列車も残っていたが、写欲が働かず訪問は滞り・・・
DE10も知らぬ間にDC化されてしまい現在に至っている。


四国のDF50 ㉒

四国DF50運用の終末
昭和56年10月に四国のDF50が旅客運用から離脱、貨物運用についても激減した、
貨物はDE10との昆運用になつてしまい、DF50がいつ入るのかも不明瞭となっつた。
土讃線にてDF50によるさよなら運転として、「秘境号」「土佐路号」の2本が予定され、
昭和58年8月20日高松~大歩危間の、仕事の都合で「秘境号」を撮影対象に選んだ。
宇高連絡船で高松につくと構内はDE10ばかり、高松運転所内には廃車体も見える、
今回はさらりと琴平~塩入間、大歩危構内、佃~箸蔵間に撮影は限定している。
多度津の構内にはDF50が停車していた、急遽下車していつもの跨線橋から撮影、
  1983082111多度津271レ
琴平では塩入方面に歩き琴平山が見える場所へ、先客の中に割り込ませてもらう、
  IMG_20180627_0005
1本前の貨物列車はまだDF50が担当、後を追うように現れた「秘境号」は重連運転、
  IMG_20180627_00022
DF501とDF5065でしっかり磨かれた車体が、夏の陽に焙られて陽炎に包まれた。
通過後にゆっくり大歩危に移動、構内立入撮影可能との事で思う存分写しまくった。
  1983082102大歩危9202レ
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午後の下りは佃~箸蔵間と決めていたが、列車通過1時間前からものすごい雷雨、
箸蔵駅に戻る事さえできないくらいで、あたりは暗くなり雷鳴と雨で阿鼻叫喚の世界、
農家の方の作業小屋に避難させていただき、刻々と近づく通過時刻にやきもきした、
雨も小降りになり微かな日が差し始めた頃、「秘境号」は吉野川橋梁を渡つて行った。
  IMG_20181103_0122
これが私にとっての最後の生きているDF50、営業線上での別れとなってしまった。
DF50は9月25日「土佐路号」の運転、貨物運用も秋ダイヤ改正を待たずに終了した
紀勢本線~日豊線~土讃・予讃線と続いた、DF50を追いかける旅も終わった・・・。


※ウィキぺデでDF50の終末が、昭和60年(1985)となっている、車体の廃車時期の誤記と思われるがいかがなものでしょうか?

プロフィール

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ギャラリー
  • DEC741試運転
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  • 広川ビーチ~紀伊由良間(上り線横かぶりつき)②
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