2020年11月

紀勢本線の電気機関車 ⑨

冷水浦~加茂郷間の海沿いの線路は、崖のような場所に線路が引かれた、
切通とトンネル盛り土で線路が構成されていて、上下線が離れて施設されていた。
途中の岬に南和歌浦園というドライブインがあり、線路はこの下をトンネルで抜けた、
ここに夏場限定で海の近くにプールが開設されたり、ビアホールなども営業していた、
ここの敷地内から崖の中腹を行く線路が望める、昼食+で屋上からの撮影も挑戦した。

👇海に降りる道は線路を横断する 冷水浦~加茂郷 128レ  EF58
 KT58132a  冷水浦~加茂郷128レ
👇南和歌浦園跡と国道を望む 加茂郷~冷水浦間 臨客9106レ EF60
 KT60025  加茂郷~冷水浦9125レ
👇和歌浦(黒江湾)を望む 冷水浦~加茂郷 126レ EF60
 KT60029 冷水浦~加茂郷126レ
👇冷水浦~加茂郷 南和歌浦園跡地から 126レ EF58 1984.4.11
 KT58133 840411冷水浦~加茂郷128レ
👇加茂郷~冷水浦間 南和歌浦園屋上から  石油専貨5371レ 1986.5 
 KT15186 加茂郷~冷水浦532レ
👇加茂郷~冷水浦間 臨客9125レ(右下は南和歌浦園のプール跡)
 KT60024  加茂郷~冷水浦9125レ

※南和歌浦園は廃業してしまい解体された、上の撮影場所での撮影ができない。

紀勢本線の電気機関車 ⑧

紀勢本線は冷水浦で初めて海沿いへ、和歌の浦(日方湾)を見ながら走る
冷水浦~加茂郷間は急峻な海岸線を、国道と鉄道が交わりながら走る区間、
海南のコンビナートや海南火力発電所を見て、トンネルを出るとパッと海が広がる、
遠くには和歌の浦の章魚頭姿山、さらに遠くの加太の島々や淡路島・四国も望める。

👇冷水浦駅を通過する下津発 石油専貨5371レ  1979.3
 KT15182  980202冷水浦5371レ
👇冷水浦駅を通過する  客128レ  1979.10
 KT58128a  冷水浦~加茂郷128レ
👇冷水浦~加茂郷間  客128レ 1979.5
 KT58131 冷水浦~加茂郷128レ
👇加茂郷~冷水浦間  客121レ   1979.8
 KT58134 加茂郷~冷水浦 128レ
👇加茂郷~冷水浦間  客121レ 1986.10
 KT58134c  860100 加茂郷~冷水浦 121レ
👇加茂郷~冷水浦間  下津発 石油専貨5371レ 1979.8
 KT15184  加茂郷~冷水浦5371レ

 

紀勢本線の電気機関車 ⑥

現在の海南駅は洗練された高架駅となっているが、以前は地平で貨物扱いだった、
駅の西側には貨物扱い所があり、東北側には野上電鉄の乗り換え連絡口があった。
現在は藤白神社前から柿本神社前間が、高架となり当時の面影をとどめていない。

👇黒江側から海南に到着する、貨5362レ  EF15
 KT15159   海南 5362レ
👇黒江側から海南に到着する、客132レ   EF58
 KT58111 830400  海南132レ

👇海南駅を発車する 貨5362レ  EF58
 KT15166  海南 5362レ

👇冷水浦方から海南に到着する 客121レ EF58
 KT58113  海南121レ
👇冷水浦方から海南に到着する 貨393レ EF15
 KT15177   冷水浦~海南393レ

紀勢本線の電気機関車 ⑤

紀三井寺~黒江間の直線区間、黒江側にあるR300?の曲線は上下線分離で、
カーブの外側で上り列車の撮影に対して、架線中の間隔が良く撮影の適地だった、
外側には遮るものもなく足場もあり、顔3胴7での撮影ができ電化前はいい場所。
👇客124レ EF58+DF50+旧客  電化前の電気機関車訓練運転指定の列車
 KT58107  紀三井寺~黒江124レ
👇貨1392レ EF15+DF50+FC+DF50 同じく訓練指定列車(後ろは391レ)?
 KT15155  831226 紀三井寺~黒江  392レ

電化後には曲線緩和と上下線間の狭差工事、内側への住宅地の建設も始まり、
暗渠の位置からの撮影はできなくなり、旧線路跡からの撮影で何とか収められたが、
近年は家や工場が建込鉄道敷地内と言う事と、元より上り列車専用であるために、
撮影地には向かない場所となり足が遠のいた。

👇126レ EF58+12系PC 付替え後この頃は付近に民家はない。 1985.10  
 KT58103 紀三井寺~黒江126レ
👇臨客9106レ EF60+ユーロライナー(JR東海)  
 KT60006 紀三井寺~黒江9121レ

線路内側にかさ上げの建売住宅ができ、今までは線路を見上げる位置からだったが、
この撮影場所は線路と同程度の高さで、高い目線からの撮影ができるようになった。
 KT15143  紀三井寺~黒江 5362レ

幸運な保存機関車 D51930

昭和47年11月紀伊田辺機関区にて用途廃止、運転走行距離1,404,453.2km。

翌年和歌山県海南市「みなと公園」に保存展示、ところが管理団体の海南市は怠慢で、
保存後の維持管理はずさんな状態、部品盗難を口実にペンキの塗り替えも渋る始末・・。
無茶苦茶な用地転用でみなと公園は廃止、その跡地に警察署と消防署を建設する暴挙?
なぜか津波被害を考慮して市役所は高台へ移動、救急の要は津波被害の中心地へ建設、
野上電鉄23号も市が保存すると明言、他の引き合いがあったにもかかわらず中止で解体、
行き場所を失ったD51930は、昭南跡地で破れたブルーシートに包まれ5年放置されていた。

誰もが昨今の事情から解体と思われたとき、岩出市が前管理者とJR西日本から譲渡、
岩出市・根来地区の再開発に合わせて、私有地の「根来SL公園」として整備された地に移動、
国鉄・JRのOBと協力者により、海南展示中に紛失(盗難)に合った部品も復元されている。
以前の海南市での惨状を知っている者にとって、今の状態を誰が予測できたであろうか、
何もしていない私が言うのもなんであるが、本当に「ありがとう」との言葉では言い表せない、
昨今各地で保存されたSLおよび車両が、経年劣化や保存状況の悪化にて保存を継続できず、
解体に至る車体の話題が多く聞かれる中、D51930は幸運な蒸気機関車であると実感した。
👇公式側(運転士側)  窓ガラスも復活
 YAMA5996
 YAMA5980
👇非公式側(助手側)  汽笛や小物類(ハンドル)もすべてある。
 YAMA5991
 YAMA5986
👇前面  煙室ハンドルも復活、前部標識灯はなくなったまま
 YAMA6017
👇炭水車側  (海南で失われたナンバー・灯具類も復元されている)
 YAMA5984
👇ロッド類 塗装でごまかしていません磨き出しです(表面オイルで保護)
 YAMA6010
👇運転台 各バルブやハンドル(加減ハンドル・逆転器)もそろっている
 YAMA6006
上の写真を見ていただいて分かるように、車両に対する柵が設置されていません、
また雨よけの上屋が大きく柱の間隔が広く、全景の撮影にも支障しないのが嬉しい。
休日は管理者が居るそうですが、平日は許可が必要なので岩出市のHP参照必要、
ナンバープレートは海南市が手放さないのか、4枚とも複製品が付けられています。

プロフィール

c58224

ギャラリー
  • DEC741試運転
  • DEC741試運転
  • DEC741試運転
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  • 広川ビーチ~紀伊由良間(上り線横かぶりつき)②
  • 広川ビーチ~紀伊由良間(上り線横かぶりつき)②
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