2021年01月

381系くろしお ④

前回の電気機関車の項と同じ場所だが、地上に在った頃の海南駅の桜の季節から、
海南を過ぎると今まで見えなかった海が、コンビナートや火力発電所と見え始める、
多くく湾曲した日方湾(黒牛潟)は遠浅で、埋め立てに向き早くから埋め立てられて、
この付近は石油コンビナート地帯となっている、近年は人工島も作られている。
特に冷水浦を過ぎると海岸に山が迫り、線路は崖の中腹に上下線別で付けられた、
和歌浦湾から遠くには淡路島や四国も望める、最も見晴らしに良い区間でもある、
海を入れて写真を撮るために崖にへばりつき、岬の先端を藪漕ぎし撮影地を探した。
 👇 海南駅(地上駅の頃)       1995.4
 KT381046 海南
👇 海南駅(地上駅の頃)   1993.7  
 KT381043  海南
👇冷水浦~加茂郷     1983.7  人工島ができる前
 KT381057 冷水浦~加茂郷
👇冷水浦~加茂郷     1983.7   国道より      
 KT381055 加茂郷~冷水浦
👇冷水浦~加茂郷     1987.11  南和歌浦園跡より
 KT381051   冷水浦~海南
👇冷水浦~加茂郷     1984.5    南和歌浦園跡より
 KT381060a  940500加茂郷~冷水浦




 

食堂車のペーパーウエイト

53.10紀勢電化開業までの特急「くろしお」には、食堂車が連結されて営業していた。

 👇前から3両目に、食堂車が連結されている「くろしお」
 IMG_20190308_0221
今はイベントカー以外では見ない「食堂車」、当時の特急列車にはほぼ連結されていた、
最初に利用した記憶にあるのが「ひかり」、自分のお金を払って利用したのが「はつかり」、
当時は食堂車で食事をするのが夢?で、いけないことではあるが寝台列車の食堂車、
特急券・寝台権を持たずに2駅間ほど、座席確保を兼ねて食堂車を利用したこともある。
駅弁と比べ割高になるが車窓を楽しみながらの食事は、鉄道旅の魅力の一つでもあった。
 YAMA6089
 YAMA6092
上の写真の鉄道部品?は、特急「くろしお」号の食堂車で特別に頂いたもの・・・・
ダイヤ改正も押し迫った1978年9月末、紀勢線「くろしお」名古屋~天王寺間乗車、
この時は全線乗車をするために乗車した、食堂車は乗車中都合3回利用した。
車内にはあと数日で営業終了の案内があり、今と違い「乗り鉄」などほぼ乗車なし、
車窓と食事を楽しみながら全線乗車した、日本食堂・和歌山営業所が営業を担当中。
本日3度目の利用で紀伊田辺から食堂車に入り、「ビーフシチュー」を注文し楽しんだ、
テーブルの端に置かれた領収書抑えが気になり、ウエイトレスの方にダメを承知で、
「営業終了後に備品のペーパーウエイトですが、譲っていただくことはできませんか?」
と図々しくもこっそり聞いてみた、「まだ営業日がある為にダメです」との当たり前の回答。
まだ営業日もあり紀勢本線からはなくなるが、他線区ではまだ食堂営業列車があるし、
ばかなお願いをしたもんだと自分を笑い、食堂営業終了の和歌山で食堂車を出るときに、
レジで料金を払い終えたあと茶封筒を一つ渡された、相手は件のウエイトレスの方、
「下車後に開けてね」と伝えられた、中身はほぼ予想できたがなぜか胸が高鳴った・・・
天王寺で開封すると「ペーパーウエイト」が出てきた、バツの悪さとうれしさに困惑した。

食事中に何度もペーパーウエイトに触れ、写真撮ったり物欲しそうに見えたのでしょうね、
この利用で「ビーフカレー」「ハンバーグ」「ビーフシチュー」「飲物」を堪能しました。
頂いたペーパーウエイトは今も、自宅の机の上で書類抑えとして現役で使用中のです、
食堂車に関しての最後の利用は、「トワイライトEXP」でした、食堂車再開は夢ですね。




381系くろしお ③

紀勢本線の電気機関車でも紹介した、紀三井寺~黒江間は自宅から15分で行ける、
最も多く足を運んだというか楽をしたというか?、お手軽な撮影場所でもあった・・・・
1976年頃にはこの直線区間の周りに民家jはなく、あたりは一面の田んぼが広がる、
春のレンゲソウ、夏は稲の生育、秋の稲穂、冬の霜や雪などの季節の表現などに、
この区間は大変魅力的な場所でもあった、381系の9両編成がすっぽり収まる位置、
後追いでも撮影することも可能であったが、今は線路脇まで住宅が立ち田んぼも休耕田、
雑草の生い茂る荒れ地となってしまっているの、自然と足が遠のき最近はご無沙汰である。

紀三井寺~黒江間の春夏秋冬

👇黒江~紀三井寺    3M  1984.4.28 
 
 KT381008 840428 黒江~紀三井寺 10M
👇黒江~紀三井寺   1M  1984.4.28
 KT381006 840428 紀三井寺~黒江 6006M
👇黒江~紀三井寺  14M後追い   1987.4
 KT381002  870400  黒江~紀三井寺
👇黒江~紀三井寺   11M ?   1989.6
 KT381021 890600 黒江~紀三井寺
👇黒江~紀三井寺     4M後追い?  1989.10
 KT381029 891000 紀三井寺~黒江
👇黒江~紀三井寺  1M 1983.12.26
 KT381039 831226紀三井寺~黒江 1M

 



381系くろしお ②

阪和線での鉄道写真を撮る場所として、山中渓駅周辺の桜の季節が一番、
一時期荒れ果てて桜の木々も減ったが、駅の北側に新たな植林がなされている。
桜の花の見ごろの時期は一週間ぐらいなので、休みと天候が良ければ最高、
機関車と違いL特急は運転本数も多く、後ろから狙えるというのも幸いしている、
弁当片手に和歌山方の土手に陣取って、1985年頃はまだゆっくり写真が撮れた。
👇山中渓和歌山方  3M  1985.4
  KT381361   山中渓
👇山中渓和歌山方  3M  1985.4  同じ場所から後追い
  KT381350   山中渓
👇山中渓和歌山方  5M  1985.4
  KT381352   山中渓
👇山中渓駅  6M  1984.4 
  KT381367   山中渓
👇山中渓駅  5M  1984.4 
  KT381364   山中渓
👇山中渓駅北側   3M  1985.4?  
  KT381375      山中渓
この桜の季節にありながら鉄道マニアが、一人も視野にいないし写ってもいない、
当時は鉄道写真の被写体の選択肢が多く、381系の「くろしお」など目もくれない?、
ある意味で本当にゆっくり写真を撮れる時代で、場所取りや罵声も聞かれなかった、
廃線や廃車と聞いて騒ぎ出す輩、俗に言う「死に鉄」もトレンドになる前だった。




  
  

381系くろしお ①

昭和53年(1978)秋の国鉄ダイヤ改正において、紀勢本線の電化開業が行われた、
従来のディーゼルカーから電車への変革、列車の運用体系も大幅に変更された。
特急列車に関しては82(81)系DCから、中央本線電化で事績のある381系の投入、
113系近郊型電車の6両又は4両と、客車と貨物列車にはEF58・EF15に置き換え、
運転時間の短縮やサービスの向上がはかられたが、DC急行に関しては据置かれた。

さっそうと登場した381系ではあるが、曲線の多い海岸線などを振り子装置を使い、
曲線区間でスピードアップされたが、独特の振れが原因で車酔いを誘発させて、
一時期は「ゲロ特急」と呼ばれ嫌遠され、急行の方が快適とまで馬鹿にされた・・・。
屋根上のすっきり感と低重心設計、裾が大きく絞られた車体が新鮮で好感持てた、
開業当時は9両固定で編成美的にもよく、6基のパンタグラフが力強さも感じられた。
👇山中渓~紀伊   14M           1984.5.4

 KT381337 840504  山中渓~紀伊14M
👇山中渓~紀伊      10M       1984.5.4
 KT381335  840504 山中渓~紀伊 10M
👇山中渓~紀伊   雄ノ山トンネル和歌山方  10M    1985.4.24 
 KT381330 850424山中渓~紀伊 
👇山中渓~紀伊   雄ノ山トンネル和歌山方  10M     1985.8.17

 KT381319 山中渓~紀伊 
👇山中渓~紀伊  雄ノ山トンネル和歌山方   5M     1985.8.17
 KT381321 山中渓~紀伊
👇紀伊中ノ島~六十谷  紀ノ川橋梁   14M  1985.11
 KT381313  六十谷~中之島
後年には7・6・4両の編成や、スーパーくろしおに継承される6+3両の編成も作られ、
2015年10月の紀勢本線における最終運用まで、紀州路を37年間駆け抜けた・・・。


  


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