2021年03月

山中渓・・桜

二十数年ぶりに山中渓の桜を撮影に行きました、平日にもかかわらず人出が多い!
駅南側(和歌山側)の桜が少なくなり、撮影が困難になってきたので北側での撮影。
ホームの下り線側には撮り鉄が密集状態、密状態だったので上りホームからの撮影、
マナーをわきまえない煙草をくわえた、地元のおっさんマニアをあしらいながらボチボチ、
上り線側のホーム端が空いたので移動、三脚・銀箱で空間を確保しながら14:00まで。
👇7:45この頃はまだ静かなホーム端・・この後大混雑発生
 
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👇4重の人垣ができるホーム端(午後)
DSC_5802
👇午後からは一般の方も多い(山中渓が賑わうのはこの季節だけ)
NDF_1015
鉄道マニアの質は驚くほど低下していますね、状況を考えないで密になり場所取り、
自分さえよければと言う立入行為、大声・声高につまらない自慢話で撮影の邪魔をする、
お互い譲る又は撮影場所での協力をしない、挨拶や場所撮影時のお互いの確認なし、
お花見見物の一般の方がじゃまで威嚇する、この季節特有の物とあきらめました・・・
👇ホーム中央付近は静かな撮影場所・・・山桜は終末近し
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👇面白みのない車両ばかりだが小さな差異を探すのも面白い
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👇 殺気だったホーム端からの撮影
NDF_0918
👇 2070M(283)の車窓に映る桜
NDF_0992
平日にもかかわらず桜見物の方も多く、今日が桜の見ごろ(満開)とわかるような状況、
花吹雪も各所で舞っている状態です、桜と鉄道車両を入れた撮影をする方も多くいて、
ここ数日が見頃で雨が降ったらお終いでしょうね、特急列車の計画運休が多く発生し、
283系の姿をよく見かける状況ですが、4月は287・289との編成変更もあるようです。

野上電鉄 ④ 春ーレンゲ

化成肥料の普及で少なくなったが、サクラの次に沿線風景を楽しめるのはレンゲ、
幡川~重根間の田園の中を走る区間は、市街化調整区域の解除で田んぼが激減、
野上中~八幡馬場間には田んぼが残り、春のレンゲの時期には一面が赤く染まる。
それでも年を追うごとに水田から畑地へ、住宅地化されて田んぼが消えていった・・・
👇北山~八幡馬場間  モハ32 
 NT0261 北山 モハ31
👇北山駅  モハ24 
 NT0252 北山 モハ24
👇下佐々~登山口間  モハ24
 NT0253 野上中~北山 モハ24
山の上から北山駅付近を俯瞰できる場所がある、水道用の貯水タンクの尾根に登る、
眼下をマッチ箱のような野上電鉄の電車が見える、ここはロング向けだが全日逆光、
レンゲの植えられた田んぼが、パッチワークのように見えて気持ちの良い場所だった。
👇北山~野上中  モハ24
 NT0224 北山 モハ24
👇北山~野上中  モハ32   左上では子供会の昼食会が行われている
 NT0226 北山 モハ31
👇北山~野上中  モハ24
     NT0243 北山 モハ24 
今はこの場所に野上電鉄跡地をトレースして、国道370号線のバイパスが通る、
化学肥料の普及でレンゲを植える田圃も、田んぼ自体も無くなってきている。




野上電鉄 ③ 春-桜

野上電鉄の春は桜で始まる、沿線には亀池公園や野上八幡宮など桜の名所が多い。
また駅舎に植えられた桜の木も多く、龍光寺前・動木・北山・幡川などでは桜が見れる、
最初の桜は山桜から始まる、野上八幡宮の分社がある八王寺山は山桜が多く自生する、
山への登山道路沿いには染井吉野が植えられて、長い期間の桜見ができることで有名。
👇北山駅付近 八王子山をバックに 開通65周年の花電車 モハ23が行く
 NT0266a 北山 モハ24
私の利用駅であった龍光寺前には、駅構内と駅に至る道路沿いに染井吉野が多くあり、
桜の季節にはもっとも花が多い駅だったが、道路拡幅工事で沿道の桜はすべて切られた。
👇龍光寺前駅  モハ31?
 NT0012  龍光寺前 モハ32
       👇龍光寺前駅   モハ23
      NT0030 龍光寺前  モハ23
      👇龍光寺前駅 クハ101ほか朝の3両連結
      NT0273 龍光寺前 クハ104+
廃線後はすべての施設が取り壊されたが、幡川駅後は残され今も桜が残る、
動木駅の桜は駅後が道路交差点になるも、移植されて道端に今も残っている。



野上電鉄 ②

野上電鉄の色を表現すると・・・グリーンに黄色い帯となるのではあるが、
色見本が無いので判断できないが、本来のグリーンではなく少しくすんだ色に見えた。
👇日方車庫 モハ26 野鉄のオリジナル塗装 (後方に富山からのデ5031が見える)
 NT0001 日方車庫 モハ26
経営状態がよろしくなく塗装にまで手が行き届かない、だからいつも錆だらけの車体、
黄色い帯は車体全面に回されていたが、途中から前面のみに省略されて全塗装された。
👇 紀伊野上駅 クハ101+モハ25   過渡期の黄帯省略塗装
 NT0025 紀伊野上 クハ101+モハ25
👇龍光寺前~下佐々 クハ101+モハ25 
 NT0023 下佐々~ 龍光寺前 モハ25+クハ101
国からの欠損補助がもらえることが決まり、社長の一言で赤と白のツートンカラーに変更、
車体の色は明るくなり見やすくなったが中身は同じ、この塗装は廃線になるまで続いた・・・
👇登山口   過渡期の塗装に変更される前に新塗装(赤・クリーム)の登場 
 NT0007 登山口 モハ27+クハ0104
👇龍光寺   モハ32
 NT0351 龍光寺前 モハ32
👇登山口    富山からの車両は新塗装で登場した
 NT0650 登山口 デハ12
忘れてならないのが側面への大型広告の登場、どれくらいの広告収入になったのか?
富山地方鉄道から野鉄入りしてデ10となった車両には、型淡路島のリゾートホテルの広告、
古豪モハ24は全面塗装変更で、明治のアーモンドチョコレートの広告電車になった。
👇北山  モハ24 一時期全国ネットでCMが放送されていた。
 NT0310 940300 北山 モハ24
※補助金の打ち切りを考慮していなかった放漫経営、新車両の導入を計画して発注、
沿線の整備で電化柱(ポール)の交換など進行中、公的資金打ち切りで即廃止へ進む。


野上電鉄 ①

「のてつ」の愛称で親しまれた?、地元の鉄道で今は無き野上電鉄を紹介します、
概要は検索をかければ嫌というほど出ますが、地元の足として健闘していました。
住民の足として78年間も走り続けました、しかし末期には自他ともに経営努力を怠り、
補助金目当ての放漫経営で運行を断念、バス事業を大十株式会社に譲渡して解散、
廃線数年前の状況は乗るのがやばい状況で、安全無視で車通勤に変更したくらいです。
👇おそらく一番最初の「のてつ」カラー写真 重根にて クハ102+モハ32? 1970.1
 NT0013 重根 モハ32+クハ101
👇下佐々~登山口  モハ32   1970.2
 NT0012 下佐々 モハ32
👇紀伊野上~動木  モハ32?(31)    1970.6 
 NT0019 動木 モハ32
👇下佐々~登山口  クハ101+モハ32  1970.2
 NT0005 下佐々~ 登山口 モハ32+クハ0104
👇下佐々~龍光寺前  モハ24
  NT0003 下佐々~ 龍光寺前 モハ24
👇下佐々~登山口 モハ23
  NT0028 下佐々~登山口 モハ23
写真撮影は1970年頃から地元と言う事で、自分のカメラがを持つに至るころから撮影、
ただし今で言う「葬式鉄」が多くなり始めると、社員をはじめ住民の心も荒んできてしまい、
以前は社員の方とも親交がありましたが、「のてつ」にカメラを向けるのをやめました。
写真は私のカメラ第一号「サクラパック100」で撮影、最近になりデジタル化したものです。

プロフィール

c58224

ギャラリー
  • DEC741試運転
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  • 広川ビーチ~紀伊由良間(上り線横かぶりつき)②
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