2022年01月

有田鉄道 ⑦

有田鉄道⑦追加します・・・旅行写真のスキャン中にネガを発見しました
1978(昭和53年)年7月紀勢(西線)電化前、EF15+DF50の試運転列車撮影時、
紀伊宮原~藤並間の有田川橋梁の俯瞰を撮影、同地からも有田鉄道の線路が見える、
この当時はキハ58が主力になっており、キハ07は主に金屋の車庫で予備車で留置、
ほとんど動くことは無かったが状態は良く、いまにも動き出しそうな状態であった。
貨物営業も細々と続けられており、この日も数両の貨車をけん引したDLが待機中、
当時はまだキハ58(2エンジンの内の1台カット中)状態で運転されていたのだが、
軟弱な道床がキハ58の重量に耐えられなくなり沈泥、道床補強ができない状況になり、
この後1エンジンの取り卸しを行い、形式はキハ58だが実情はキハ28で運転された。
👇田殿口~藤並  キハ58 3連 国道上のみかん畑から撮影
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👇田殿口 キハ58 単機 田殿口構内はみかんの積み込み施設があり構内は広い。
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👇御霊~下津野 キハ58 3連
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👇金屋口  休車中のキハ07 2連
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👇金屋口 車庫から直で発車する貨物列車
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2022年 化石初採集

年の初めの化石採集はボウズは嫌だ・・・、従来の慣例では沼谷が最有力候補地、
この産地は川原を歩くだけでも化石が拾える、そんな優良産地なのでNo1候補。
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今年は時間と天候の関係で近場へ、以前R424のバイパス工事の時は多産した化石、
今は採集が困難な化石の部類になった、テトラゴニテスやユーボストリコセラス狙い、
十数年前に放棄されたみかん畑の産地、谷筋の風景はみかんの木々が枯れてなくなり、
谷の両側の露頭が良く見える状態ではあるが、アプローチが楽な産地で採集者が多く、
方々に割跡が目立ち石が散乱している、まず露頭の表面観察で化石を探すも痕跡なし。
団塊で取り出せるものの表面や、団塊間の隙間の石を中心に割り込んでは見たものの、
ノジュールと言うものはほぼ出なく、渦巻状やばね状態のアンモナイトは出てこない。
石に目が慣れた頃にイノセラムスが1個飛び出した、後はボチボチ2枚貝を追加する、
最上部層からの二枚貝を多く含み石を見つける、手元が暗がりになるころに採集終了、
一応イノセラムス3個・ナノナビス1個・二枚貝多数、初採集は潮干狩り状態だった。
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今思えば424工事の頃は多産した化石もだが、通常では採集できる場所が少なく貴重品、
今の確率的に言えば鳥屋城山の代表種、デディモセラスの方が多く見つかっているかも。


2022年 干支の山 「虎が峰」

毎年恒例の干支の山登山・・・、以前は大人数で登つていたのだが・・・
ここ数年は一人静かに山頂を楽しんでいる、今年は寅年で和歌山県では、
和歌山市の虎伏山(とらふすやま)48.9M、和歌山城の天守閣の入り口が山頂?
田辺市の虎ケ峰(とらがみね)789.5M、和歌山城は後に回して虎ヶ峰へ初登山へ。
龍神から田辺に抜ける県道の虎ヶ峰トンネル、ここに車を置いて旧道を虎ヶ峰峠へ
此処から尾根伝いに自然林と植林境を登る、途中の伐採地からは虎ヶ峰が見えた。
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幾度か上り下りを繰り返すと、大きな二股の杉のある虎ヶ峰神社に到着する、
大杉の下に猿田彦命を祀る虎ヶ峰神社と、お地蔵さまと助石神?が仲良く並ぶ、
この付近に以前は集落があったそうで、杉林の中には生活の痕跡が多く残る。
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ここから造林用の林道と登山道は並行する、落葉の気持ちの良い登山道を選ぶ、
急な登りは無く林道が見えなくなると、虎ヶ峰の尾根への登りが少し急になるが、
尾根はすぐそこでこの付近の自然林が素晴らしい、尾根に出て左に曲がると、
木々が少し透けて見え始めると、雪が少し残る789・9Mの三等三角点の山頂。
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平日のこの時期もちろん登山者は無く、広い山頂を独り占めして早い昼食をとる、
山頂からの展望は東側が少し開けている、遠くに山が見えるが特定には至らない、
天気は曇りで風も強いので早々に下山、来た道をゆっくり下り風のない鞍部で休憩、
遠くには田辺市の高尾山、槙山と思われる山と、かすかに海らしきものも見えている。
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お昼ご飯を含めて3時間ちょっと、静かな山旅を満喫する事が出来ました・・・
虎ヶ峰には伝説の吸血大蛇「ノーツチ」と言うのが生息しているそうですが、
今回はそいつにも他の人にも会わずに、コロナ下ではおすすめの干支の山でした、
天気が良ければ真妻山をダブルで行こうと思いましたが、天気が思わしくなく次回に。

風前の灯 DD51

DD51が国鉄線上に登場したのは1962年~で、今から半世紀以上も前のことになる、
当時の国鉄では動力近代化を推進、煤煙やエネルギー効率の悪い蒸気機関車を廃止し、
電化の推進により動力に電気を用いた電気機関車や、電車列車を推進するとともに、
非電化区間に関しては燃料を用いたディーゼル機関車や、ディーゼルカーを投入した。
蒸気機関車に代わるディーゼル機関車の開発、国産化がすすめられてDD51形が誕生、
D51型の蒸気機関車よりは非力ながら、各方面で蒸気機関車を駆逐し活躍範囲を広げた。
時は流れて電化と強力なDL(DF200)の登場で、徐々に活動範囲が狭められてきた、
津々浦々で活躍していたDD51ではあるが、昨年JR貨物の定期列車の運用がなくなり、
臨時列車や工事列車用に運用が残るものの、JR東日本と西日本に数台が残る状態になる。
SL廃止に追いやった当時の憎まれ者が、今は大人気でSL並みに追い回されている状態、
代替えのDLにめぼしい物が無い状態なので、JR西日本ではまだまだ運用されそうだが、
工臨の運転回数も少なく貴重な存在になった、「撮り鉄」の餌食にされないか心配だ。
👇和歌山線で運転されたDD51後後補機付きの回送列車 船戸~岩出 1989.7
 19890700_0019 船戸~岩出
👇打田~紀伊長田
 19890700_0020 打田~紀伊長田
👇西笠田~笠田
 19890700_0023 西笠田~妙寺
当時はDD51の全盛時代?であり、撮影地はガラガラ状態で出会う撮影者は知人ばかり、
今ならこの撮影地は下のような人の波ができるでしょうね。
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寒波到来

ここ数日寒い日が続き愛車も雪化粧した、昨年は寒波と凍結で苦い思いがある。
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寒気による畑土の凍結によりジャガイモも凍結、食味がひどくなり難儀したのだ。
凍結が進まぬうちに早く掘り起こして保管、実の付き具合は夏の暑さでやられて、
大きなサイズの物は少なくMサイズばかり、それでも丸のまま使うのには便利だ。
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もう春に植える種芋が並んでいる、年々植付時期が早くなり種芋が売場から消える、
我が家では今年は種芋の購入は必要なし、昨年の夏に収穫した小玉の芋が使える、
秋に植えた冬野菜が今が最盛期、霜で凍る前に食卓に上がるのを待っている状態だ。

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