1975年7月に有田鉄道に入線したキハ58、入線後も自社調整に戸惑っていた、
鉄道会社に使用開始を訪ねるも未定との事、地元の友人に動向の確認を依頼、
10月に入り試運転が行われたようだが、重大な問題が発生していたような噂も。
噂の真偽は重量の問題と判明した、ローカル私鉄にありがちな脆弱な路盤と線路、
きは07の整備重量27トンに対して、キハ58では38トンとなり営業運転では3連結、
試運転にて御霊~下津野間の橋梁と、全線にわたり道床の沈みこみが発生した、
それに対してバラスト追加の道床の強化と、橋梁の土台の補強が行われるようで、
それが終了する時期に合わせて、再度の試運転の後に営業に入るとの事だった。
翌年友人から「走り出したよ」との連絡を受け、後日友人を伴いカメラハイクに訪れた。
👇藤並駅 湯浅から到着した金屋口行 キハ58003 単行運転  1976.6
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👇金屋口~御霊  藤並行  キハ58003   1976.6
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👇御霊~下津野    補強された橋を渡る夕刻の3連運転  1976.11
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👇田殿口  湯浅行     1976.11 
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👇田殿口~藤並  1976.11
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この時点ではキハ58でありながら、1エンジンカットでの営業運転を行うとともに、
雨天で道床が緩むと予想されたときは、キハ07の再登場となる事もあったとか。
その後重量軽減の為にエンジンの取り外し、加えて関連機器を取り外し重量軽減、
再整備の上営業運転に至った、キハ07はその間に復活したらしいが撮り逃がした。