「のてつ」の愛称で親しまれた?、地元の鉄道で今は無き野上電鉄を紹介します、
概要は検索をかければ嫌というほど出ますが、地元の足として健闘していました。
住民の足として78年間も走り続けました、しかし末期には自他ともに経営努力を怠り、
補助金目当ての放漫経営で運行を断念、バス事業を大十株式会社に譲渡して解散、
廃線数年前の状況は乗るのがやばい状況で、安全無視で車通勤に変更したくらいです。
👇おそらく一番最初の「のてつ」カラー写真 重根にて クハ102+モハ32? 1970.1
 NT0013 重根 モハ32+クハ101
👇下佐々~登山口  モハ32   1970.2
 NT0012 下佐々 モハ32
👇紀伊野上~動木  モハ32?(31)    1970.6 
 NT0019 動木 モハ32
👇下佐々~登山口  クハ101+モハ32  1970.2
 NT0005 下佐々~ 登山口 モハ32+クハ0104
👇下佐々~龍光寺前  モハ24
  NT0003 下佐々~ 龍光寺前 モハ24
👇下佐々~登山口 モハ23
  NT0028 下佐々~登山口 モハ23
写真撮影は1970年頃から地元と言う事で、自分のカメラがを持つに至るころから撮影、
ただし今で言う「葬式鉄」が多くなり始めると、社員をはじめ住民の心も荒んできてしまい、
以前は社員の方とも親交がありましたが、「のてつ」にカメラを向けるのをやめました。
写真は私のカメラ第一号「サクラパック100」で撮影、最近になりデジタル化したものです。