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表銀座縦走 槍ヶ岳を目指せ③

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喜作新道と呼ばれる登山道を進む、ほどなくして北鎌尾根の急険な稜線が見え始める、

天井沢から取り付き北鎌尾根を行くルートは、槍ヶ岳への最も危険なルートと知られる、
いつかは挑戦してみたいルートではある。思っていたよりも快適な尾根歩きで西岳へ、

ここからは一気に水俣乗越へ下る、そしてまた同じだけ・・それ以上の登りが待つ、
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水俣乗越から見上げる槍ケ岳は圧倒的な威圧感、岩だらけの岩峰で優しさは見えない、

今下っただけの高度を今度は登り直す、鉄梯子が鎖場が続き岩だらけのテラスで昼食、

小さな動物がうろちょろしている、よく見るとイイヅナと呼ばれる「オコジョ」だった。
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天気は良くないが寒くもなく時折日も差す、ヒュツテ大槍まで嫌な岩尾根歩きが続く、

この付近からの槍沢の眺めは素晴らしい、足元からスーッと切れ込み高度感が増す、

右に天井沢左に槍沢をみて槍の基部へ、岩くずだらけのトラバース道を進み登る、

もう間近に槍岳山荘が見え山頂の登山者も見える、14:00槍岳山荘に到着した。

宿泊の手続きを行う今日はすいているので個室、カメラだけ持ち山頂の列に加わる、

いきなりペンキで示されたルートの岩登りの道となる、鉄梯子・鎖・上下分離の道、

岩をつかみ登る15分の岩登り、ひと汗をかき3畳ほどの山頂(3180M)に飛び出す、
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周りに自分より高い山がない絶頂の山頂、時折東鎌尾根からガスが飛んできて白い闇、

一瞬自分のいる場所の高度感が失われる、ガスが去ると北鎌尾根の異様な岩稜が見える、

登山者が一人見えるがルートなど見えない、山頂で時間を過ごす間にその人が到着、

同じ山荘に泊まっていたそうで4:00に出発、北鎌尾根は2回目で成功率は40%とか、

山頂をかすめるガスが多くなってきたので下山、夕日は見えず小屋の中で過ごした・・

今日のコースタイムはガイドブックと同じ、余計なのはコーヒータイムがやはり5回、

これをうまく処理すると軽く2時間ほど浮く、目下の修正点はコーヒータイムだ。


表銀座縦走 槍ヶ岳を目指せ②

箱庭のような燕岳山頂(2763M)、遠くに槍ヶ岳や昨年登頂した剣岳も見えている。
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燕山荘の広場に戻るともう14時だった、ここからが表銀座コースでほぼ水平道となる、
起伏が少なく楽なのではあるが景色が良く、立ち止まってはあれは〇〇山と確認する、
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高山植物も多くそちらにも目が行ってしまい、なかなか大天井岳が近づかないジレンマ、

目の前に見えると今度は大きな下りが待っていた、水平道に慣れた足に下りはつらい、

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最低鞍部にはこの道の創始者「小林喜作」のレリーフがある、此処からまた登り・・、

時間に苦しい状態になる山小屋着は18:00頃、夕暮れの始まった小屋に飛び込んだが、

到着時刻が遅く食事は出せないとのことで、予備食を使用して自炊に切り替えて対応。
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アルコールだけは豊富にあり、第一日目の反省と明日の予定を確認して21時就寝。

1984.9.7

夜間寒さで何度か目が覚めた、部屋内の予備も布団を漁り朝まで温かくして眠れた、

日の出を撮影しようと小屋の表に出るが、薄雲が空を覆い太陽は薄日程度で見えない、

寒いはずだ木々の葉は紅葉したまま氷つき、足元には薄氷や霜が降りて白くなっている。

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こんな時は山小屋は助かる中はストーブが入り、朝食が提供されて暖かく快適だった、

今日は長丁場なので早立ちを選択、準備を整えて一番に小屋を出発することが出来た。


初めての北アルプス 立山・剱岳 ⑤

1985.8.31
とうとう長かった縦走も最終日となる、初めての北アルプス3000mの大縦走であった、
山岳会やクラブ等に属せず機会もなく、独学で始めた山ではあるのでまあこんなもん、
検討する課題も多く見つかりこれは修正できるでしょう、今回の山行で山の楽しさに触れ、
さらに山の魅力に目覚めてしまって、行きつく先は岩の世界にならないことを祈ります。
👇キャンプ場からの立山の朝焼け
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翌日は最終日と言う事で帰るだけなのですが、池塘の魅力に引かれた私は別案の提出、

友人二人は「みくりが池温泉」へ、私は一番早いバスをつかまえて弥陀ヶ原へ向かう。

池塘大好き人間としては此処は外せない、時期が時期なので誰もいない草原を独り占め、

外周の木道と地道を回り小さな池を巡る、風の音と時折聞こえるのはバスの音くらい、
穏やかな天気で池塘に移る山々を楽しみ、池の周りの湿性の植物を見たりして歩く、
名残りの高山植物が所々に残り、秋の草花も同時に楽しめる高層湿原は素晴らしかった。

👇弥陀ヶ原 ガキの田(餓鬼の田) 後方は大日岳
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👇池の周りはミズゴケとモウセンゴケがびっしり
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👇記念撮影  この時期?誰もいない高層湿原を楽しめた。
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木道を一周してながら追分を越えてバス停へ、まだ少し時間がありカルデラ展望台へ

数日前に居た鳶山が遠くに見える、山腹から蒸気が上がっているのは新湯だろうか、

足元には旧立山温泉の残骸とナマズ池も見ることができた、立入禁止のカルデラ内に、

砂防用の軌道が敷かれているらしいが、此処からは見ることができなかった。
バスの時間が近づいたのでバス停に戻る、停車したバスには友人たちが乗車していた。

バス・ケーブルカーを乗継いで下山、途中で見えたナローの線路は立山砂防の軌道だ、

地鉄・雷鳥を乗り継いで帰宅・・初めての北アルプスでテント泊などという無謀な行動、
装備の軽量化が目下の第一目標になってくると思う、または山小屋泊りに移行するか、

たくさんの選択肢があるがまずは無事下山、次回の山旅をどこにしようかと思案中だ。

この項修了

初めての北アルプス 立山・剱岳 ④

1985.8.30

5:00時起床する外は雲が流れている、朝ご飯は焼き魚などメインで岡も安心

小屋の主人の話では今日はこの夏一番の晴天になる、食事中に天気は急速に回復。
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小屋の窓からは剱岳が大きく眼前に広がっている、身軽ないで立ちになり剣岳へ、
昨夜の雨で山の気候が変わったのであろうか、蒸し暑さは消え秋の気配を感じる、
剱岳の岩場も思ったほど恐怖感はなく、適度なホールドがあり登りやすい。
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みんな同じペースなのか追い抜かれもなく、登りの鎖場の岩場で待つこともない、
2813Mの前劔を超える途中の雪渓上部、岩場ではどこを登るか考えさせられたが、
よく見るとルートははっきりと認識で来た、剱岳山頂下のカニの縦這を一気に登る、

先行者の話し声や小さな落石の音も聞ける静寂、空が青いなと思ったらそこが山頂。

剱岳(2968M)ここで盛大なコーヒータイム、ここまで標準のコースタイムだった、
この時点でガイドブックのコースタイムは、我々の山行には合致しないことを確認。
山頂からは八つ峰の異様な岩峰が望める、岩と雪の殿堂と言われるのがわかる、
いつかは此処から池谷から仙人池方面へ足を延ばしたいところだ。
登ってきた剣沢小屋のアルバイトの方も、こんなに晴れたのはこの夏一番と言う、
山頂と展望を十分満喫した、この後雷鳥沢まで降りなくてはいけないので下山開始、

カニの横バイから平蔵避難小屋跡を抜けると、馬場島へ向け早月尾根が見える、

下りは急斜面で足元が確認できな箇所が多く、このような場面では登りのほうが楽。
先ほどまで足元に見えていた一服剣まで下山する、ここからは這松の中の快適な岩場、
時折雷鳥の姿を見かけて声も聞聞き取れた、剣沢小屋に戻り重いザックに持ち替える、
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剣御前を越える登りに取り掛かる、体が慣れたのか荷物が軽く感じたのは何故か。
最後に剱岳の雄姿を目に焼き付ける、ザレた雷鳥沢の下りで足を痛めないように注意。

16:00ガイドブックのコースタイム通りに雷鳥沢に着く、人気のない広いサイトを占領、
山の汗を流すために雄山荘で入浴、最後のテント泊なので残り物で盛大に散大する、
最後の食事を始めると出る出る食材の山、ワインだのレトルトおでんなどが大量に出る、
まだまだ食料を含め軽量化の余地がある、すべて平らげてしまおうという大宴会。
予備日を使ってしまっているので明日は下山、弥陀ヶ原の散策を提案したが却下、
私だけバス1本分早立ちして弥陀ヶ原散策と、立山カルデラ展望台を訪れる予定、
彼らはみくりが池温泉の入浴を楽しむらしい。



40年前の玉の浦(ブルートレイン紀州路号)

古い写真のデジタル化過程において、カビや劣化で写真が痛んだものが多く見つかる、
保存をしっかり行わなかった自分の責任、今のデジタル技術である程度修復できる、
デジタル化当時はひどい状態で見れなかったが、フリーソフトで修正を行つてみた。

👇原版 まだ少しは見える状態・原因はカビ、清掃で取り去ることは可能だが・・
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👇デジタル修正済み・・・40年前の写真が甦った。
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このようにして修正した写真を紹介します、1980年3月25~26日にかけ運転された列車、
「ブルートレイン紀州路号」で湊町発天王寺行行です、実際は紀伊半島を一周する列車で、
DD511036湊町~新宮と、EF58170新宮~天王寺間、車両は14系を使用していました、
お世辞にも良いとは言えない大型ヘッドマーク(看板)、もう少し小さければベストです、
当時の天王寺監理局はこの手の看板が大好きで、鉄道写真的にはうんざりしました。
亀山~神志山~新宮~浦神(玉の浦)まで、列車利用でこの列車を追って撮影しました。
👇下里~紀伊浦神(玉の浦) 9125レ? EF58170 
 M818
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👇下里~紀伊浦神(玉の浦) 5M  381系 当時は9両運転
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👇下里~紀伊浦神(玉の浦) 2329M? 113系4両
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今はジャングルと化していますが、当時は今と比べると線路の状態が素晴らしいですね、
当時は山側の山腹に素晴らしいお立ち台がありましたが、今は樹海に呑み込まれました。
 



プロフィール

c58224

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