花の旅・鳥海山と出羽三山②

1986.7.17
朝目覚めた気分の良い目覚めだった、雨は降っておらず朝食前にカメラを持って外へ、

小屋のすぐ後ろには鳥海湖が雪を残して見えている、付近はハクサンイチゲの大群落だ、

ガスが徐々に上がると鳥海山の山頂も姿を現した、千蛇谷はべっとり雪が付いていた。
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雨は降り続いて居るがガスがない分だけ見通せる、小屋の付近は高山植物が多く飽きない、
視界も開けて明るいので気分も良い、途中の白糸の滝も鳥海山もしっかり写真に収まる。
今日も途中で多くの山菜取りの方を見かけた、天気が不安定で雲が巻いたら雨になった、

散々な天候の鳥海山ではあったがもう一度チャレンジありと確信した。
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次の目的地は出羽三山で特急「いなほ6号」で鶴岡まで移動、その後羽黒山行のバス利用、
バスターミナルから羽黒山行のバスが出る、ここからは山登りではなく観光客並の登山、
30分ほどで大鳥居をくぐり杉木立の中の羽黒山へ、次の月山・弥陀ヶ原行のバスまで1時間、
羽黒山(414M)だが山頂・三角点は見当たらない、山頂は出羽三山神社の東照社付近だが、
三角点を探すも見つからなかった、神社本殿地は東照社よりも高度があるのでこれで代用。

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神社の中央にあるオゼコウホネの咲く神泉池で、珍鳥の「アカショウビン」を見かけた。

此処から一回り小さいバスで月山へ、道路は途中から急勾配の林道に変わり雲の中へ、
高原状のなだらかな道を予想したが狭い地道が続く、雲の中を走り弥陀ヶ原レストハウスへ、
雨が強くなるがゆっくりしている事はできない、まだ乾ききらぬ雨具を身に着けて歩き出す、
鳥海山同様こんな天気の日に来た事を後悔、足の踏み場の無いほどの高山植物の群落が続く。
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しかし足元には天候などお構いなしに雪解け後、地表に高山植物が雨に濡れて咲き乱れる、
サクラソウのピンクとクロユリが咲き乱れ、背丈の小さいホソバナウスユキ草の花が咲く、
この花を見たさに飯豊山系か月山を選んだ、綿毛に水滴を乗せて咲いている花が清楚だった。
小屋まで1時間30分ほどの行程ではあるが、よそ見ばかりで上を見る暇がないほどの花畑、
ガイドブックを持参してきているが雨で開けない、天気が良ければと恨み言葉が出るくらい、
赤い屋根が見えたら今夜宿泊予定の佛生池小屋だったが、時間も早かったので急遽白地変更、
月山頂上小屋変更して歩き続ける、山頂に近くなるにつれて風が強くなり視界も悪くなる、
道は一本道で迷う事はないが地表がえぐれ溝状態、そこを水が流れる土砂流出が起きている、

高山植物の為に木道で植生の保護対処が必要だ。ガンコウランやアオノツガサクラの群落、
足の踏み場のないほどの高山植物に目を奪われる、山頂付近と思われる建物が見えてきた、
月詠命が主祀神の月山神社と山頂だった。神社へのお参りは明日という事で月山頂上小屋へ。
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シーズン前という事で予約なしでも宿泊OKでした、食事も出来るという事なのでお願いする、
小屋内はストーブが赤々と燃えホッとします、濡れたものを付近に広げて乾かしていると、
ビジネスシユーズを乾かす方に違和感を覚えたが、登ってきたのではとは聞けなかった。
小屋の夕食も素晴らしいものが出た、季節の山菜のてんぷらや根曲竹のみそ焼きに味噌汁、
あまり山小屋を利用しないが民宿並みの食事が出た、体を乾かして暖かい布団で寝られた。

特急シンボルマーク

1958年機関車牽引の特急に代わり、新たに電車特急列車として登場した151系「こだま」。
これに合わせて新しい特急を象徴する「シンボルマーク」の公募が行なわれました。
その際採用されたのが逆三角形をしたマーク、同じ公募でJNRの「国鉄のマーク」も誕生、
こちらは日本国有鉄道を英訳した「Japan National Railways」の頭文字のを図案化でした、
特急シンボルマークとJNRマークは、後に登場する国鉄特急型車両に代々受け継がれました。
車両の構造などでサイズが変更されたり、貫通構造車両では2分割や平面形状の物も使われ、
JR誕生後はJNRマークは外されましたが、特急シンボルマークは残されて使用されました。
2025年最後の国鉄型車両381系置き換えに伴い、現役の車両からは消滅してしまいました。   
   👇紀勢線 切目~岩代間 「くろしお」貫通扉ヘッドサインの上の逆三角マーク
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   👇和歌山機関区 キハ82の特急シンボルマークはキハ81の物より小さい
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我が家に来た特急シンボルマークは、上司の方から記念にいただいた物で出所不明、
国鉄高砂工場と関係のある方だったので、キハ82の物だろうとだけ教えてもらった。
新聞紙に包まれ状態で興味があるならと言われ、二つ返事で収集品の仲間入りした。
経緯を確かめるすすべもなく35年あまり放置プレイ、どう保存するか長年迷っていた、
退職しフリーになって鉄道部品の整理をするにあたり、安定性が悪いので台座を製作、
先頭車両で輝いていた時代を思い出し、砲金部分は金属磨きで研磨してクリア塗装、
その他の部分は当時のままで保護のみ、取り付けの袋ネジも当時の物を使用した、
台座は集成材で組んでウレタンニスで塗装、以前購入した車内ナンバーと合わせた。
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キハ82なら貫通戸(シンボルマーク・ヘッドマーク)ごと保存したいくらいですね。

花の旅・鳥海山と出羽三山

6月の九重に続き今回も花の名山を巡る、この時期の登山で最も重要なのは梅雨明けだ、

例年ならば7月の上旬に梅雨明けが九州から始まる、東北地方が梅雨明けとなるのは、
7月の下旬になるのだがその時期は休みが無理。天気予報は今年の梅雨は空梅雨と予報、
山も込み合うことになるの早い時期に計画、8月の穂高を予定しているので7月の中旬に、
夏休み前の7/15~19に鳥海山と出羽三山(月山・湯殿山・羽黒山)を繋ぐ行程を模索した、
出羽三山と言えども湯殿山と羽黒山は信仰の対象で、山頂もしくは三角点は踏めないが、
現地までバスで入ることができる。本心は飯豊山系に行きたかったが行程が長くなり無理、

足の良さと近場と言う事で無理やりに、大阪~(日本海・泊)~象潟~鉾立~鳥海山~
御浜(泊)~鉾立~象潟~鶴岡~羽黒山~月山(泊)~湯殿山~鶴岡~新潟~(きたぐに
・泊)~大阪の行程、2夜行2山小屋利用で鳥海山と出羽三山を回る事にした。

 1986.7.15~16

アプローチが長くなる事を考え「きたぐに」はダメ、「日本海3号」B寝台を奮発する、
自由席と違いゆつくり親睦会を行い寝台で休む、体を伸ばして休めるのはありがたい、
朝目が覚めると天気はどんよりと曇っているが、車窓には青苗の続く田園地帯を走行中、
象潟に下車したときはまだ薄日が差す天気だった、駅前からの鳥海山への登山バス利用、
眼下には象潟の田んぼと小島の様な小山の、松尾芭蕉の時代は森は小島で田は海だった。
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バスは有料道路と登山道路を快調に飛ばすが、高度が上がるにつれて雨雲の中に突入した、
バスにエンジン音が大きくなり高原状の坂を登る、時折車窓に桜の花が見え隠れする、
鉾立駐車場は満車状態で何事かと思ってしまった、登山者ではなく地元の山菜取りの車、
この時期の鳥海山は山菜の宝庫なのだそうである。万全の支度をして雨の中に踏み出す、
天候のこともありカメラは防水袋に、登山道は山頂付近がまだ雪の中で要注意と聞く。
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中継点の御浜小屋で再確認するように言われた、歩き出してみれば雨は気にならない、
今回は急な岩場などがないことから、雨具+通気性の良いポンチョを選択している、

風のない樹林帯の中を快調に歩く、左側の岸壁側には霧の中に白糸の滝があるが見えない、
尾根筋を直登で登るが上り坂が緩やかで、途中の高山植物に目をやる余裕が充分にある、
霧が濃く山の全容がつかめ無いがなだらかな尾根筋らしい、途中で山菜取りの方と出会う、
根曲竹のタケノコを採集しているそうだ、この時期は熊が多いそうで熊に注意と言われた。
高山植物を楽しみながら2時間で御浜小屋に到着、今夜の宿となる為に宿泊依頼を行い昼食、
荷物を軽くして鳥海山の頂上に向かう、やはり七五三掛付近の残雪の量が多く不明瞭らしい、
千蛇谷のコースは昨年登山道の一部が崩落を起し、その夏山登山道は今は雪の下で見えず、
この天候では脇尾根に迷い易いとの事、外輪山コースの文殊岳~行者岳~七高山経由へ、

稜線沿いなら雪の心配がなく夏道が使えるらしい。時間もかかるので手早く昼食を済ませる。
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ただっぴろい御浜の扇子森の尾根筋を抜ける、風が強く霧が流れてちらっと鳥海湖が見えた、
七五三掛からの予定のルートはぷっつり雪の壁に消え、外輪山経由の七高山のコースに向へ、
この付近から鳥海山は火山と言うような山容に変化、赤茶けた溶岩や火山噴出物が目立つ、
岩場に高山植物がパッチ上に生育している、山頂付近では高山植物の群落は期待できない。
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暗く風の強い尾根筋を進み鳥海山・七高山(2229M)へ、到着写真撮影だけを済ませ降下、
外輪山の壁に作られた登山道に入る、風裏になり風はなくなったが登山道は急傾斜で要注意、
降り切ったら大物忌神社の入り口に到着、ここまで悪天候と風で時間がかかりすぎている、
御浜まで同じ道を戻るにしても18:00頃になってしまう、山頂である新山までは10分だが、
御浜の小屋に戻るのは18:30頃になってしまう、登る登らない?2対1で下山となった残念。
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安全再度で帰り道を考えれば仕方のない事であった。現在の山頂である新山(2236M)は、
1801年の噴火で生成された溶岩ドームで、それまでは外輪山の七高山が山頂であったらしい。
現在の山頂に登頂できないのは残念だった、翌日の予定を考慮した御浜小屋泊りが足を引く。
現状では御浜小屋への到着が相当遅れる予想で、御室小屋より御浜小屋へ連絡をお願いした。
下山路は先ほどの逆なので外輪山への登りが堪えたが、迷う事なくただ黙々と歩いて進む、
小屋の方が心配し途中まで来てくれたのには頭が下がった、今夜の宿泊は我々だけで占領、
夕食後に予定を変更し予備日使い再度山頂を検討したが、よりよい答えはもらえず中止した。

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