2025年12月

恒例の年末行事

恒例の年末行事・・・・
今年は無職になった為に楽か?、仕事納めや年末年始休暇のない会社に勤めていたので、
正月休みというのを取れない生活だった、それどころかこの時期が稼ぎ時で仕事は⊕で、
年越しの仕事と言いう物が当たり前だった。別に苦にもならず長年過してきたのだが、
世の中と言う者はこの時期に峠がある様に、クリスマス⇒年末⇒新年と騒いで過ごす、
以前はその代わりほかの時に休めるから大丈夫、人が休めない時期の旅行などは〇だ、
その分家族の負担が大きかった事などが、今さら今になって再認識している毎日だ。
クリスマスを過ぎると年末までの期間、鬼の様に家事・用事が回って来て遊ぶ暇がない、
30日までにすべてを終えて31ひはゆっくり?、怒涛のような日が過ぎていったと思う。
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我が家の恒例の年末行事の餅つきを行う、今年は京都の娘も帰宅していたので一緒だ、
餅つき機利用とは言え多い時は5臼ついたのは過去、今は白餅2赤(小豆)1の3臼、
それでも5時間を要して付き終えた。我が家に来て10ケ月の保護猫には初めての餅つき、
残念ながら「猫の手」か借りられず3人で、猫にはリフォーム工事に続く大騒ぎの日、
途中で何度も状況を確認しに来ていた、おっかなびっくりのしぐさで笑いの渦が広がる。
  YAMA4420
夕食は餅を使った料理ではなく「痛風鍋」、尿酸値ぎりぎりの私には悪魔のメニユーだ、
その反面面自分の大好きな制限食材のオンパレード、仕事をやめて食生活が変わった、
痛風の発作は大丈夫だと思われるが要注意、明日もまだ少し区切りの仕事が残っている、
残念ながら趣味の方はしばらくお休み、年明けの天気も怪しいので初化石と写真はお預けか。

訃報

私の化石の師であり化石趣味を広げてくれた方が亡くなった。
T氏とはじめって出会ったのは鳥屋城山の麓、正確にはR424の工事現場で採集中の事だ、
地元とは言え化石の見分け方が割らず右往左往、その時バイクで颯爽と現れて一緒に採集、
この地の化石の見分け方から採集方法まで伝授された。初めての同趣味の方と出会いなので、
戸惑ったが優しく丁寧に実物を介して教えてくれた、甲斐あってテトラとハウエリを採集。
  👇外和泉層・鳥屋城山で初めて採集したハウエリセラス
  YAMA0838
和泉層群の化石産地の探索中にまた声をかけていただき、そぶら箱谷に誘っていただいた、
化石採集に熱中すると無口になるのだが、T氏の周りには和やかな空気が流れ話が弾む、
そんな中で残石の中から「こんなの出たよ」と、すごい化石が飛び出すのが不思議だった、
石を見る目が素晴らしく私が見逃したものを、これ貰っていいと発見するのにはびっくり。
淡路に採集に行きたいと言えばすぐに、適切な産地案内を用意してくれたのにはびっくり、
おかげで淡路島では産地で迷わず歩けた、その海岸で初めての採集でアンモナイトを採集、
またリヌパルㇲが採集できたと報告した時、自分の採集の様に喜んでくれたのが嬉しかった。
  👇初めての淡路島・地野海岸で見つけたリヌパルス
  YAMA3117
その後も情報の交換やT氏宅の化石の見学、鳥屋城層全般での化石採集などに同行したり、
新たな産地の情報交換を続けていたが、沼谷で変なアンモナイトを見つけたと情報を送る、
写真を見る前からアイノセラスの可能性を指摘、後日現物の確認を行い同種と同定された。
  👇二川層で最初に見つけたアイノセラス・カムイ
  沼谷Ainoseras
その後も鳥屋城層でのデデイモセラス探しや、有田層でのヘテロセラスやサメの歯探し、
化石山でのイベント時に採集地のピット選定、化石の同定に至るガイドブック製作など、
その当時は大変お世話になりました。化石に関する楽しい話題などが記憶に在ります、
私の個人的な化石目標達成に伴って、化石熱が下がると疎遠になり採集が月1回程度へ、
登山・カヌー等に力を入れる様になると、T氏との化石の話も疎遠になってしまいました、
T氏は今も変わらず化石採集を続けていた様で、時々県内の産地で出会った等の話があり、
今も元気に化石を追って未開の産地をめぐり、旺盛な活動をしていると思っていました。
ところが突然何の前触れもなくの化石仲間からの訃報、T氏はたしか私と同じ年齢のはず、
この分野(化石)での成果を思い出すとともに、私が一時期此処まで化石に打ち込めたのは、
化石への真摯な態度と観察力と行動力に憧れ、それに追いつけと一地域の化石発見に傾注し、
化石を楽しめた事が成果に繋がったと確信する。謹んでT氏のご冥福をお祈り申し上げます。

年賀状作成 鉄道編

2026年の年賀状作成の時期が迫ってきた、毎年鉄道編と化石編と一般用の3種を製作、
一時期には年賀状の製作が100枚を超えていた、今は多くても60枚程度に納まっている。
年々送られてくる年賀状に添えられた一言が増える、主人が亡くなりまして・との悲報、
それでも出せるうちは出そうと思っていた、同僚からも「年賀しまい致します」の葉書、
ここ数年増えてきて少し考え結論に至った、SNSやブログに移行すると言う方法に至る、
葉書代の高騰もそれに拍車をかけるに至る、今年の年賀状に新たなコメントを付けた、
どうしても年賀葉書が良いと言う方については、2027年は年賀はがきで対応してもらう、
一方的ではあるが年賀葉書派の方にはそちらで。そしてもしかしたら最後となる年賀葉書、
今年一年の撮影写真から8枚に絞った、同じような俯瞰写真の構図に落ち着いてしまった。
  👇広川ビーチ~紀伊由良(秋葉山から) 2064M 283系
  D 2064M
  👇紀伊日置~周参見(安宅勝山城址から) 61M 283系
  D61M
  👇下津~初島(樹上5mの秘密基地から) 2053M・2064M 287系・283系
  D2053M・2064M
  👇切目~印南(中山王子社駐車場から) 20.64M 283系
  D2064M (2)
  👇紀伊由良~広川ビーチ(長谷寺近くのミカン畑から)2064M 283系
  D2064M
  👇広川ビーチ~紀伊由良(許可を得たミカン畑から) 6055M 283系
  D6055M
  👇紀伊田原~古座(古座ヴィラ・個人宅より) 8077M 117系(銀河)
  D8077M
  👇広川ビーチ~紀伊由良(秋葉山から)9390レ DD51+なにわ 紀勢線最後の客車列車?
  D9390レ
どれも撮影地での撮影地での思い出深い列車たち、どの写真が最後の賀状面になるか?

2025年撮影しまい

2025年の鉄道写真撮影の回数を数えてみたら67回、なぜか例年になく査定回数が多い、
定年退職を控え寄り道撮影が出来なくなるので、特に集中的に寄り道したみたい。
退職後は撮影回数がぐっと減っている、その分一日を有効に使う撮影が増えたようだ、
撮影してみたい場所・存在が多く在り、一つずつ潰していく撮影方法で撮影地を決めた。
それでも念願の撮影地に至らない場合も多く、また過去の撮影地となった場所も多く在る、
近場での撮影が多くなり同じ構図が増えたと思う。以前なら撮影しない対象もデジタル化で、
フイルムと言う存在と現像という浪費が減り、その分1枚に架かる必要経費が減少している。
撮る対象物を決めて遠征はしない条件なら、現在の生活状況的にいうと最も財布にやさしい、
何はともあれ良い時代?になったと思える。しかし昨今の鉄道業界の変かはどうだろう?、
撮影対象が電車一辺倒?の状況に近くなり、機関車という撮影対象の減少が増して著しい今、
機関車を求めて「撮り鉄」というマニアの増、鉄道敷地内というがんじがらめの制約の罠、
なんとも撮影しにくい世の中になっている。先日も鉄道写真の際に高速道路の警備員から、
自分の管理警備する道路はさておき、鉄道敷地内に入らないで下さいと厳重注意された?、
理由が安全の確保よりも鉄道管理者のおかしな苦言、目の前で敷地内の立ち入りを黙認、
それに対する苦言だが守備範囲がずれている。確かに道路わきに鉄道用地杭があり内側、
ガードレールの内外にまたがる三脚使用だが、電化柱からは5m以上離れている安全地帯、
道路での三脚使用が問題なら判るのだが、鉄道のせいにして注意するような狡さ・・・。
来年も鉄道と自然風景を合わせて撮影すると思うが、誤った制約・情報に翻弄されそうだ。
何はともあれ年末までの天気を考慮すれば、今年の撮影は行く機会が無いと思われる、
12/16今年度の最後の撮影は定番の撮影地、冷水浦~加茂郷も塩津漁港で締めくくった。
  👇冷水浦~加茂郷 374M (低い冬の太陽高度と時間が遅く陽が陰ってしまった)
  DFD_4770  20251216  冷水浦~加茂郷 374M
  👇冷水浦~加茂郷  67M (海に近いこの付近は紅葉が真っ盛り)
  DFD_4778  20251216  冷水浦~加茂郷 67M
  👇冷水浦~加茂郷 76M
  DFD_4786  20251216  冷水浦~加茂郷 76M
この短い区間も近年は伐採無しなの状態、木々が大きく茂り上り線が見えにくい。


紅葉の石鎚山②

1983.11.6
夕食と酒宴が終わると小屋泊まりは暇、小屋の方と話をしようにも小屋仕舞いで忙しく、
消灯時間も近くなり指定された部屋に行く、北側に張り出した端の部屋で隙間風が入る、
板敷の床は隙間だらけで風が好き勝手に入る、寝具は上下毛布2枚しかなく大丈夫か?。
夜半に冷え込んできた隙間風が入り放題で、寒くて寝るどころの騒ぎではなくなつた、
部屋の予備の毛布にくるまり我慢するも寒い、池・岡も寒さで歯の根が合わないと言う、
寝袋持参がすればと良かったと後悔する、隣室の使われていない寝具を持ち込み毛布4枚、
+雨具プラスで何とかしのげる寒さだ、前夜の睡眠不足が手伝い毛布に埋も何とか寝る。

1983.11.7~8

目が覚めると時刻は6:00小屋はもう動き出している、部屋があまり寒いので階下へ避難、

ストーブ周りで朝のコーヒータイム、昨夜の寒気のせいで外は冬山状態で霧氷の花が咲く。

朝食も昨夜と同じで残り物の処分に近い態、もう一組の方も小屋の寒さに閉口していた。
  IMG_20210111_0254
  IMG_20210111_0266
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天候の回復を待ちもう一度天狗岳に登ろうかと提案、しかしガスと北風が激しく冬山状態、
風の止む気配はなく寒気で登山道は氷結状態、危険な状態なので再度の登頂はあきらめる。
    IMG_20210111_0259
どうせ登っても白い世界で何も見えないはず、諦めて面河渓方面へ予定どおりの下山する、
小屋周りは霧氷が付き冬山のような様相で鎖場はスルー、巻道で下山だが此方も氷結状態、
足元を確認しながらゆっくり進み、面河渓方面への分岐点まで来れば風もなく秋山状態。
山頂方面はまだ雲(ガス)にまかれて見えません、此処からは四国笹の緩やかな稜線の道、
途中で日が差し風もなくなったので一安心、面河山で恒例のコーヒータイムに突入です。
高度を下げるに従いブナや紅葉した木々が増えて、日も差して暖かくなってくると瀬音が、
そのまま急な斜面を降りると面河渓の上淵に下山、ここから渓流沿いの道の遊歩道を歩く、
紅葉と白い花崗岩の河床歩きが楽しい、適当な気持ちの良い河原を見つけて昼食タイム。
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面河渓からは松山へはバス移動だが乗換が厄介、途中の久万高原・落合で乗り換え松山へ。
    IMG_20210111_0299
時間もあるので伊予鉄利用で道後温泉へ移動、温泉で山の疲れと汗を流して松山観光港へ、
帰りは阪急フエリー夜行便で神戸(青木)へ、フエリーはガラガラで思いっきり寝れた、
鉄道のようにせまっ苦しい場所で寝るのと違い、これだけは船のほうがいいみたいでした。

プロフィール

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