山登り

花の旅・鳥海山と出羽三山③

1996.7.18~19

風は収まったようではあるが雨は降り続いている、天候は今日も雨とガスの中の中、
快適な山小屋を後に月山神社に詣でる、月山山頂に石造りの室があり此処は神域。
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写真撮影もできないとの事で入口にて記念撮影。周りにはクロユリと薄雪草が咲く

高山植物の名前はもう判別できないほど多く、ガイドブックはもう役に立たない。
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雨も止まずガスも晴れないので下山を始める、少し下ると砂礫の岩の多い鍛冶日光坂、
所々に雪溪が残り進行方向の左側から歓声が聞こえる、大きな雪渓が尾根に残つている、
残雪を利用した夏スキーのゲレンデが、右側の姥ケ岳北面にあるらしいがコレも霧の中、
出羽三山の最後となる湯殿山(1500m)ですが、以前は登山道があったそうですが、
湯殿山神社の御神体という事で現在は入山が禁止、ものすごい藪山で歩行困難ですが、
積雪期には雪の上を通り登山できるらしい。姥ヶ岳の南面を下って行くと谷筋の道となり、
雪溪を渡り切ると湿原に水芭蕉の群落が現れる、巨大化した花ではなくしとやかなサイズ、
体が体温と雨でずぶ濡れになってしまった。月光坂の下り口には施薬小屋があり小休止。
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月山詣での信者の為の装束場と、湯殿山へ上登る信者の方に薬を渡していた場所だという、
中に入りその名前の由来の甘い薬草茶をいただく、適度な甘さがあり咽喉越しが柔らかい、
当時は御神体である湯殿山へ詣でる信者の賑わいの名残り、埋もれた石仏が何体も見れる。

月光坂の急な下りは途中から梯子に変わる、何本もの梯子を使い急な坂(絶壁)を下る、
今度は川の中に置かれたような飛び石の多い道に変わる、そして最後は岸壁の通過で終わる。
登山道が終わると観光客がざわつく湯殿山神社の参籠所、神社への参拝は素足でという事だ、
手続きが面倒なのでパスしてしまう、御神体に触れることができると知ったが後の祭り、
参拝バス停まで歩きバスに仙人沢まで乗車する、乗換で入浴を予約している湯殿山ホテルへ。
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先の参拝バスが回送で同方向に行くとの事で、運転手さんの機転で便乗させてもらえた、
便乗で1時間が短縮できることになった。湯殿山ホテルで入浴して山の汚れを落とす、
ホテルの向かいの山は飯豊山系につながる、天気が良ければ朝日岳が見えるはずだが雲の中。
ここから鶴岡へバスで戻る事になるが、時間も早いのでローカル乗継で新潟まで乗車。
羽越本線は車窓が良いのではあるが海岸線は晴れ、山側は雲で見えるであろう山は雲の中。
新潟からの「きたぐに」までの時間駅前で豪華な夕食、新潟のお酒がおいしかった・・・。
毎度のことながら梅雨明けを前にした山行のリスク、梅雨明けを待たずに博打山行になった、

鳥海山のピークも踏んでいないのでリベンジの約束だが、何時のことになるのであろうか?。

花の旅・鳥海山と出羽三山②

1986.7.17
朝目覚めた気分の良い目覚めだった、雨は降っておらず朝食前にカメラを持って外へ、

小屋のすぐ後ろには鳥海湖が雪を残して見えている、付近はハクサンイチゲの大群落だ、

ガスが徐々に上がると鳥海山の山頂も姿を現した、千蛇谷はべっとり雪が付いていた。
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雨は降り続いて居るがガスがない分だけ見通せる、小屋の付近は高山植物が多く飽きない、
視界も開けて明るいので気分も良い、途中の白糸の滝も鳥海山もしっかり写真に収まる。
今日も途中で多くの山菜取りの方を見かけた、天気が不安定で雲が巻いたら雨になった、

散々な天候の鳥海山ではあったがもう一度チャレンジありと確信した。
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次の目的地は出羽三山で特急「いなほ6号」で鶴岡まで移動、その後羽黒山行のバス利用、
バスターミナルから羽黒山行のバスが出る、ここからは山登りではなく観光客並の登山、
30分ほどで大鳥居をくぐり杉木立の中の羽黒山へ、次の月山・弥陀ヶ原行のバスまで1時間、
羽黒山(414M)だが山頂・三角点は見当たらない、山頂は出羽三山神社の東照社付近だが、
三角点を探すも見つからなかった、神社本殿地は東照社よりも高度があるのでこれで代用。

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神社の中央にあるオゼコウホネの咲く神泉池で、珍鳥の「アカショウビン」を見かけた。

此処から一回り小さいバスで月山へ、道路は途中から急勾配の林道に変わり雲の中へ、
高原状のなだらかな道を予想したが狭い地道が続く、雲の中を走り弥陀ヶ原レストハウスへ、
雨が強くなるがゆっくりしている事はできない、まだ乾ききらぬ雨具を身に着けて歩き出す、
鳥海山同様こんな天気の日に来た事を後悔、足の踏み場の無いほどの高山植物の群落が続く。
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しかし足元には天候などお構いなしに雪解け後、地表に高山植物が雨に濡れて咲き乱れる、
サクラソウのピンクとクロユリが咲き乱れ、背丈の小さいホソバナウスユキ草の花が咲く、
この花を見たさに飯豊山系か月山を選んだ、綿毛に水滴を乗せて咲いている花が清楚だった。
小屋まで1時間30分ほどの行程ではあるが、よそ見ばかりで上を見る暇がないほどの花畑、
ガイドブックを持参してきているが雨で開けない、天気が良ければと恨み言葉が出るくらい、
赤い屋根が見えたら今夜宿泊予定の佛生池小屋だったが、時間も早かったので急遽白地変更、
月山頂上小屋変更して歩き続ける、山頂に近くなるにつれて風が強くなり視界も悪くなる、
道は一本道で迷う事はないが地表がえぐれ溝状態、そこを水が流れる土砂流出が起きている、

高山植物の為に木道で植生の保護対処が必要だ。ガンコウランやアオノツガサクラの群落、
足の踏み場のないほどの高山植物に目を奪われる、山頂付近と思われる建物が見えてきた、
月詠命が主祀神の月山神社と山頂だった。神社へのお参りは明日という事で月山頂上小屋へ。
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シーズン前という事で予約なしでも宿泊OKでした、食事も出来るという事なのでお願いする、
小屋内はストーブが赤々と燃えホッとします、濡れたものを付近に広げて乾かしていると、
ビジネスシユーズを乾かす方に違和感を覚えたが、登ってきたのではとは聞けなかった。
小屋の夕食も素晴らしいものが出た、季節の山菜のてんぷらや根曲竹のみそ焼きに味噌汁、
あまり山小屋を利用しないが民宿並みの食事が出た、体を乾かして暖かい布団で寝られた。

花の旅・鳥海山と出羽三山

6月の九重に続き今回も花の名山を巡る、この時期の登山で最も重要なのは梅雨明けだ、

例年ならば7月の上旬に梅雨明けが九州から始まる、東北地方が梅雨明けとなるのは、
7月の下旬になるのだがその時期は休みが無理。天気予報は今年の梅雨は空梅雨と予報、
山も込み合うことになるの早い時期に計画、8月の穂高を予定しているので7月の中旬に、
夏休み前の7/15~19に鳥海山と出羽三山(月山・湯殿山・羽黒山)を繋ぐ行程を模索した、
出羽三山と言えども湯殿山と羽黒山は信仰の対象で、山頂もしくは三角点は踏めないが、
現地までバスで入ることができる。本心は飯豊山系に行きたかったが行程が長くなり無理、

足の良さと近場と言う事で無理やりに、大阪~(日本海・泊)~象潟~鉾立~鳥海山~
御浜(泊)~鉾立~象潟~鶴岡~羽黒山~月山(泊)~湯殿山~鶴岡~新潟~(きたぐに
・泊)~大阪の行程、2夜行2山小屋利用で鳥海山と出羽三山を回る事にした。

 1986.7.15~16

アプローチが長くなる事を考え「きたぐに」はダメ、「日本海3号」B寝台を奮発する、
自由席と違いゆつくり親睦会を行い寝台で休む、体を伸ばして休めるのはありがたい、
朝目が覚めると天気はどんよりと曇っているが、車窓には青苗の続く田園地帯を走行中、
象潟に下車したときはまだ薄日が差す天気だった、駅前からの鳥海山への登山バス利用、
眼下には象潟の田んぼと小島の様な小山の、松尾芭蕉の時代は森は小島で田は海だった。
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バスは有料道路と登山道路を快調に飛ばすが、高度が上がるにつれて雨雲の中に突入した、
バスにエンジン音が大きくなり高原状の坂を登る、時折車窓に桜の花が見え隠れする、
鉾立駐車場は満車状態で何事かと思ってしまった、登山者ではなく地元の山菜取りの車、
この時期の鳥海山は山菜の宝庫なのだそうである。万全の支度をして雨の中に踏み出す、
天候のこともありカメラは防水袋に、登山道は山頂付近がまだ雪の中で要注意と聞く。
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中継点の御浜小屋で再確認するように言われた、歩き出してみれば雨は気にならない、
今回は急な岩場などがないことから、雨具+通気性の良いポンチョを選択している、

風のない樹林帯の中を快調に歩く、左側の岸壁側には霧の中に白糸の滝があるが見えない、
尾根筋を直登で登るが上り坂が緩やかで、途中の高山植物に目をやる余裕が充分にある、
霧が濃く山の全容がつかめ無いがなだらかな尾根筋らしい、途中で山菜取りの方と出会う、
根曲竹のタケノコを採集しているそうだ、この時期は熊が多いそうで熊に注意と言われた。
高山植物を楽しみながら2時間で御浜小屋に到着、今夜の宿となる為に宿泊依頼を行い昼食、
荷物を軽くして鳥海山の頂上に向かう、やはり七五三掛付近の残雪の量が多く不明瞭らしい、
千蛇谷のコースは昨年登山道の一部が崩落を起し、その夏山登山道は今は雪の下で見えず、
この天候では脇尾根に迷い易いとの事、外輪山コースの文殊岳~行者岳~七高山経由へ、

稜線沿いなら雪の心配がなく夏道が使えるらしい。時間もかかるので手早く昼食を済ませる。
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ただっぴろい御浜の扇子森の尾根筋を抜ける、風が強く霧が流れてちらっと鳥海湖が見えた、
七五三掛からの予定のルートはぷっつり雪の壁に消え、外輪山経由の七高山のコースに向へ、
この付近から鳥海山は火山と言うような山容に変化、赤茶けた溶岩や火山噴出物が目立つ、
岩場に高山植物がパッチ上に生育している、山頂付近では高山植物の群落は期待できない。
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暗く風の強い尾根筋を進み鳥海山・七高山(2229M)へ、到着写真撮影だけを済ませ降下、
外輪山の壁に作られた登山道に入る、風裏になり風はなくなったが登山道は急傾斜で要注意、
降り切ったら大物忌神社の入り口に到着、ここまで悪天候と風で時間がかかりすぎている、
御浜まで同じ道を戻るにしても18:00頃になってしまう、山頂である新山までは10分だが、
御浜の小屋に戻るのは18:30頃になってしまう、登る登らない?2対1で下山となった残念。
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安全再度で帰り道を考えれば仕方のない事であった。現在の山頂である新山(2236M)は、
1801年の噴火で生成された溶岩ドームで、それまでは外輪山の七高山が山頂であったらしい。
現在の山頂に登頂できないのは残念だった、翌日の予定を考慮した御浜小屋泊りが足を引く。
現状では御浜小屋への到着が相当遅れる予想で、御室小屋より御浜小屋へ連絡をお願いした。
下山路は先ほどの逆なので外輪山への登りが堪えたが、迷う事なくただ黙々と歩いて進む、
小屋の方が心配し途中まで来てくれたのには頭が下がった、今夜の宿泊は我々だけで占領、
夕食後に予定を変更し予備日使い再度山頂を検討したが、よりよい答えはもらえず中止した。

立山新湯 2006.8.13~16 ④

2006年8月16日(水)

折立経由で当日帰阪のUKは5時出発と言う事で、足早に東屋を早々に出発していった、
昨晩小用の為に起きたとき獣の気配を感じたとIYに言うも信じてもらえなかったが、
東屋から50m付近の駐車場には、昨日にはなかったクマの糞が残されていた。
我々ももう一泊だが先の事を考えてて出発、噴泉塔を探すが見つからず道路に戻る、
現場は事前に地図で確認済みだつたが、立山温泉後から噴泉塔経由の道が判らず、
新たな道が出来ており天涯の碑から天涯の水を目指す、今日も快晴で熱くなりそうだ。
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途中で迷い右往左往する、工事現場の詰め所を見つけて教えてもらおうと思うが本当に無人、
ゴーストタウンの様な静寂が支配している、一応立入禁止だから誰も入らないので施錠なし。
有峰・湯川トンネル経由で天涯の湯へ、出口の見えない真っ暗なトンネルは不安になる、
まさか熊は居ないよねと笑いながらトンネルを抜ける、天涯の湯は湯が抜かれた状態だった。
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此処から水谷作業所へトンネルを抜けて向かう、水谷出張所も無人で静寂が支配する世界、
操車場にはトロッコが2両止めてありました。作業所の前を通り鉄橋を渡り軌道内を進む、
黙認という言葉が重くのしかかってきますが、入り口付近には立ち入り禁止の札もなし、
千寿ケ原方面からの立ち入りは制限するが、ザラ峠方面からは黙認との事でしょうか?。
この区間は体験学習会で乗車した区間であり、此方から立山駅まで18km、標高差600Mで、
スイッチバックが41か所とトンネルが8か所?ある。滝を右手に見て広い構内を歩き始める、
軌道式内は通行止めだが事前に入手した、工事が行われていない時期は黙認を信じての行動。、
誰も居ない時期で制止される事は無いと思うが、連絡所が見えなくなるまではひやひや物だ、
9:20軌道敷は思ったよりも歩きやすく明るい、レール表面には薄い錆が目立ち始めている、
軌道横には通称犬走もあるので利用する、途中のトンネルはさすがに断面が小さくまた暗い、
砂防ダム展望台を過ぎ樺平18段スイッチバックへ。途中まで軌道をトレースしていたのだが、
脇にエスケープ用の作業道があり此方を利用、一気に高度を下げ無人の樺平連絡所を通過。
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最も急なカーブの有るグズ谷を11:00に通過。クズ谷から3段スイッチバックを降り川岸へ、
鬼が城の手前で工事が再開されていたが無視された、鬼が城連絡所からトンネルを抜けると、

此処には綺麗な湧水があり大休憩と昼食、残りは10km時間計算で千寿ケ原(立山駅)、
今の速度と疲れを考慮し3時間くらいか?、この時点でもう一泊幕営?の予定が揺らぎだす、
当日帰宅も可能で別行動のUKには悪いが、中途半端なテント泊より当日帰宅の意声が出る、
夏の盛りというのに常願寺川からの風が冷たく、周りの木が覆い被さる軌道敷内は日陰だ、
途中の桑谷でも工事が行われていたが、制止されると思ったが見て見ぬふり?で通過できた、
そういえば今日は8/16で盆休みは前日で終っている。長いトンネルを抜けると桑谷連絡所だ、
岩壁とオ-バーハングの天鳥はトンネルが建設中、まもなくここもトンネルの新線に変わる。
新線に変わる天鳥の岩場下を歩き中小屋へ、此処から千寿ケ原まで平坦な線路で足早に歩く。
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急に開けてきたら千寿ケ原の手前だ、砂防工事事務所の屋根が見えた場所で軌道を離れる、
15:00千寿ケ原(立山)到着し全行程終了。近場で入浴できる場所を探して地鉄で富山へ、
富山から最も早いサンダーバードを捕え大阪へ、和歌山へは2924Mに乗車する事が出来た、
これで当日?(8/17)に帰宅する事が出来る。当日帰れる確証がなかったので仕方なしだ、
残念なのは別行動(折立経由)で帰ったUKの事、後日本人に謝り仕方のないと了解を得た。


※あれから状況も変わり立山砂防工事現場と砂防軌道もは立入出来なくなった。緊急避難
中途半端な判断の黙認がが許されない時代となったが、立山新湯は今も湧出が続いている
が変化もあると聞く、若気の至り?自己責任と言う言葉の取り違いで実行した山行ではあ
るが、今となっては懐かしくもあり恥ずかしい記録となった。
※この数年前に千寿ケ原から~水谷に至る作業道が開通している、立山砂防軌道は役目を
終えた存在ではあるが、砂防工事の大切さを知らしめるために砂防学習会の為に存続して
いるようだ。この区域に無条件で入るには砂防学習会の抽選に当たるしかない?。
※工事が行われていない時期と、残雪期と積雪期は今も自己責任の範疇通行可能らしい。
※この部分の記事は割愛しようと思ったが、古き良き時代の思い出として投稿した。

立山新湯 2006.8.13~16 ③

前方の樹がまばらな辺りから湯気が上がっているように見える。
墳出物の流れの有る岩場が見え小さな滝が架かる、その場所が新湯の入り口だった。
対岸に渡り確かめると滝の水は温かく温泉の匂い、荷物を置いてフリーで登ってみるが、
苦労して10m程の熱い岩を登るとそこには、満々と緑の湯の池が湯気をあげてあった。
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  030_立山新湯
滝口の温度はとても高く此処は入湯できない状態、周りを見渡すも足場がなく降りれない、
付近を探すと上流側に残置ザイルがあるが、登りには使える状態ではなく下り線用だ、
湯の滝の下部にブルーシートの残骸がある、湯舟を作るのは困難なので露天風呂は中止。
IY・UKと共に新湯で写真撮影や観察、池の中には玉滴石(ぎょくてきせき)という鉱物,
オパール(シリカ)の一種だが70℃の高温で手が出ない、立山新湯は水蒸気爆発の火口に、
熱水が湧き出たとされている、音もなく湧き上がる緑の湯が神秘的で時が経つのも忘れる。
昼食後にもう一つの温泉に向けて出発する、川の水が増えるとルート取りも難しくなる、
堆積物が多い最初の砂防堰堤が出た、歩きやすくなるが植物が旺盛で藪漕ぎも多くなる。
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  037_車道に出た!
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刈込池への看板を認めたが今回はスルーして下る、左側に道跡が出てきて利用できるのだが、
すぐ堰堤が出て途切れ途切れで面倒、堰堤の高さが尋常でなく架けられたロープを超える。
数を数えたが途中で覚えていられないほど多い、堰堤越えは工事中の新堰堤で終了した、
此処からは車道歩きなのだが足元にはクマのフン、工事現場にクマに注意の看板が多数、
付近にクマよけの爆竹のゴミが散乱、山中よりも熊を意識することになろうとは?。
湯川第12号堰堤を過ぎ立山温泉跡地の東屋に到着。付近の河原でキャンプの予定だったが、
クマの密度が高いので此処でもいいかな?、ただし先客(車スバルレガシーと荷物)が居た、
露天風呂作りは後に回して鯰池の散策へ。途中で釣りをする先客の方と会い話を聞くと、
旧立山温泉の関係者の方とかで近くにお墓があるので、子供さんと墓参りを兼ね来たとか、
カルデラ内への立ち入りは許可要らず、車で来ているので今夜は此処に泊まるとの事、
夕暮れまで鯰池でマス釣りを楽しんでいるとの事だ。(最終的にはクマの密度が高く危険回避、
又はむさ苦しいおっさんと一緒を嫌ってか、天涯の碑付近の避難小屋に移動して宿泊された)。
ザラ峠から下って新湯経由で来た事を話すと驚いていた。この付近関する有益な情報を貰う、
検問所の通過方法と折立への道、立山砂防軌道線も運休中なので通行可能(黙認)の情報、
天涯橋の下に古い温泉の噴出場がある事も聞いた。私たちも夕刻までの露天風呂と言う事で、
常願寺川の河床で岩風呂作り、立山温泉跡で遊んだ後に道具一式(スコップ)もって河原へ、
熱水が出ている場所の近くに湯舟を作ろうと言う事だ、川の流れが強く湯温の調整が難しい、
入浴可能な適温に成らず川の水は刺すように冷たい、1時間かけて湯舟らしきものを作る。
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温泉の水は熱く撹拌しながら入浴する事が出来た。先の方が子供さんと別の東屋へ移動した。
今夜は東屋で泊ることにして夕餉の準備。UKが明日中に帰らなければならない事を切り出す。
私とIYは鉄分が多いのでトロッコ軌道を使い立山に出る予定、そのことを承知していたので、
UKは途中で申告するつもりだったようだ。UKは真川林道経由で折立から当日の内に帰阪、
我々は川沿いに墳泉塔~天涯の湯~立山砂防軌道(徒歩)~樺平~千寿ケ原(立山駅)まで、
軌道が通行不可なら常願寺川に沿った作業道経由行く、何方にしても25Km程の歩行となる。
時間的に苦しい場合は常願寺川河原で一泊の予定だ、明日早出のUKの事もあり夜更かしなし、
まさか・・・熊は出ないだろう大丈夫だろうかと内心は心配だった。

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